隣を見れば、確かにお前は居るのに。
お前の姿が見られないだけで、なんだか一人きりの気分だった。
≪トラブルパニック症候群 2≫
とりあえず飯を食って、さて、これからどうすっか。
折角の休日、とは言っても、差し当たっての予定は無い。
「邑輝、今日どーする?」
「えっと……めんどくさい。 都筑さん決めて」
朝飯まで食ったのに、まだ目が覚めてないな、コイツ。
低血圧にも程がある…っていうか俺の身体なんだから低血圧も無い筈なのに。
もしかしてまだ眠いだけか?
ってか、めんどくさいのは俺も一緒だし、イラついてんのも一緒だってば。
「お前なぁ……そういう事ばっか言ってると、都筑さんは実家に帰りますよー」
「んー……それも嫌だ」
「じゃあ、今日の予定ぐらい決めてくれよ。 いつもお前の役割だろ、それ」
「……身体が入れ替わってるんだから、役割も交代して下さいよ」
そう来たか。
俺に、邑輝のような完璧プランを立てろと。
無理に決まってんだろ、やっぱりバカかコイツ。
「無理。 めんどい」
「……じゃあ、お互いが理想の相手になりきって過ごす、というのは?」
「理想の相手?」
「つまり、私は私にとって理想の都筑さんを演じる。 貴方は、貴方にとって理想の私を演じればいい」
俺がこうであって欲しいと思う邑輝……寒い科白とか吐かない、がっつかない、んで、色々優しい。
…出来るかなぁ?
「わかった、やってみる」
「はい、じゃあ すたーとー」
「え、もう?」
「うん」
って言われてもなぁ……まず何からすればいいんだろう?
考えてる俺に、邑輝はつつっと寄ってくる。
「ねぇ邑輝、コーヒー飲む?」
「え、うん……じゃなくて………ええ、お願いします」
「うん、ちょっと待っててねっ」
戸惑いながら返事をした俺に、邑輝は嬉しそうに答える。
ひょいと立ち上がると、パタパタと小走りでキッチンに向かった。
手慣れた動作でコーヒーを淹れ、零れないように、けれどやはり小走りで戻ってくる。
「はい、どうぞ」
「……ありがとうございます、都筑さん」
笑顔に笑顔で返すものの、やっぱり少し引き攣る。
でも邑輝は気にする事無く、また隣に座った。
コーヒーは、一応俺の味覚に合わせてか、ミルクも砂糖も入れてくれたようだった。
こういう所は、普段から変わらない。
とりあえず一口飲むと、いつも通り美味しかった。
「…おいしい?」
「ええ、とても」
「よかった」
にこ、と笑った顔は、自分なのに自分じゃないみたいで。
本当に、すごく可愛く見えた。
「……貴方も飲みませんか?」
「いいの?」
「ええ、もちろんです」
カップを絡め取ろうとする指を静止し、不思議そうに見つめ返す瞳を掌で隠した。
特に抵抗も無い事に安堵し、静かにコーヒーを一口含む。
顎にもう片方の手を添えて少し上を向かせ、唇を薄く開かせる。
為すがままにされている唇に、自分のそれを重ねた。
隙間の無いようにぴったり塞いで、温くなったコーヒーを流し込む。
俺の姿をした邑輝は戸惑いもせずに、こくりと喉を鳴らした。
唇を離して隠していた視界を解放すると、邑輝はじっと俺を見つめている。
少し咎められているような気もして、顎に添えていた手も一旦離れた。
けれど唇の端から零れ出た雫に手は戻り、それを掬って自分の口に運ぶ。
かと思えば、まだ残る雫を今度は舌で直接舐め取った。
……と、そこまでしてやっと気付く。
これじゃ、いつもの邑輝と変わんないだろ、って。
なんだか顔を合わせ辛くて、ふと目を逸らす。
黙ったままの邑輝が気になって、恐る恐る視線を戻した。
すると、ほんのり桜色、って感じの顔色で、黙って俯いていた。
潤んだ瞳で、ゆっくりと、上目遣いに見つめられる。
ほとんど衝動的に、抱き寄せてしまった。
膝立ちになっていた所為か、ほぼ全体重をこちらに預けるような体勢になっている。
邑輝がいつもそうするように、唇をそっと舐めて、開いた隙間から舌先を捩じ込んだ。
咬み付くようにキスをしてしまって、でも何故か止まらなくて、普段の邑輝を真似るようにキスを続ける。
小さく漏れる声に益々歯止めが利かなくなって、ああ、邑輝もいつもこうなのかな、と頭の片隅で考えた。
「んっ……邑輝、待って……ッ」
弱々しい静止の声で、やっと俺は正気に戻る。
でも何故か離したくなくて、唇を離したあとも強く抱き締めた。
こんなに俺の姿をした邑輝が愛しいのは、邑輝の体だからなのか。
本当に好きで好きで仕方なくて、抱き締めたいという気持ちが抑えられない。
馬鹿みたいだと思うけど、本気で考えてしまう。
邑輝は本当に俺の事が好きで、だから気障な科白も吐くし、すぐ抱き締める。
そう気付けて、良かった。
「都筑さん……貴方が、好きです」
自然に、そんな科白が出てきた。
いつもの俺なら、邑輝にそんな事言えないのに。
「……うん、俺も」
ふわりと柔らかく笑った顔がまた、とても愛しくて。
守りたくて、泣かせたくなくて、とても大切にしたい。
そんな気持ちにさせられた。
相手が自分だという事も忘れて、俺はソファーに『都筑さん』を押し倒していた。
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