びっくりっていうか、ちょっとしたパニック。
≪トラブルパニック症候群≫
朝起きたら、なんと俺が隣に居た。
ドッペルゲンガー!? やばい、俺もしかして近い内に死ぬんじゃね?
って俺もう死んでるから、とっくに。
という所まで一人ボケツッコミをして、とりあえず冷静になろうと一つ息を吐く。
隣に寝ているのはやっぱり俺。
幽体離脱か、って言っても俺元々幽霊みたいなものだし。
うーん、と考え込むのにぐしゃりと前髪を掻き上げた。
…俺の髪って、こんなに手触り良かったっけか。
目の前にある手をふと見ると、何か凄く白い。
…俺の肌って、こんなに雪国びっくりな色白だったっけか。
何かオカシイ。
確かサイドテーブルの引き出しに鏡が入っていた筈。
とりあえず俺を起こさない様に…ってのも何かオカシイけど、そーっと手を伸ばして鏡を手に取った。
無事に鏡を持つ事の出来た手を顔の前に持って来て、覗き込んだら俺が居ない。
「ぎゃーーーーーーーーー!!!!」
バリトン・ヴォイスが悲鳴を上げた。
うっわぁ、初めて聞いたよ。
とか思っている場合では無い。
「………うるさいですよ、都筑さん……」
いつも通り低血圧の恋人が不機嫌そうな声を上げて、じろりと睨む。
睨んできたのは、先程までぐっすり寝ていた俺だった。
「え………えっと、誰、ですか…?」
「…私の事を忘れてしまったんですか…? 酷い人ですね、お仕置きが必要かな」
その口調も内容も間違い無く邑輝で、でも姿は俺で声も俺で。
なんか俺がその口調で喋ると気持ち悪い。
俺の顔と声で、お仕置きとか言わないで、似合わないから。
ってそんな事言ってる場合じゃないんだってば。
「……あれ……私が、もう一人……」
「いや違う。 一人しかいないから」
「え……? 何を言って……………あ」
どうやらやっと気付いたらしい。
っていうか俺より気付くの早かったな、こいつ。
ああ、こんなにびっくりな出来事なのに、びっくり過ぎると頭って冷静になるんだな。
「…都筑さんになってる……」
「俺だって邑輝になってるよ。 …今日、休日で良かった」
「でも、折角の休日なのに楽しめないじゃないですか」
お前の頭にはそれしかないのか、この万年発情男めっ!!
とか心の中で毒づいてはみるけど、実際怖くて言えない臆病な俺。
一人頭の中で漫才をしていると、急に身体に重みが走った。
はっと気付くと、俺の顔が目の前に。
「………へぇ…」
「……なんだよ」
「いや……私ってやっぱり、自分で見てもいい男ですよねぇ」
やばい、馬鹿だこいつ。
お前が綺麗なのは認めるけど、自分で言われるとなんか腹立つ。
俺は自分の顔を邑輝の目線で見て…なんか余計な色気が加わってて気持ち悪い。
「……重い、どけ。 ってゆーか腹減ったから朝飯」
「重いって、貴方の身体ですよ」
「うるさい」
とりあえず朝飯を食う事にして、渋っている邑輝をどけてベッドから降りて立ち上がった。
…邑輝の目線って、結構高いんだな。
なんか偉くなったみたいで面白い。
俺になった邑輝はというと、何故かベッドの上で動かないままだ。
「何やってんだよ」
「立てません」
「なんで」
「昨夜は激しかったからじゃないですか?」
言われた意味が解らなくて、頭の上にハテナマークが三つぐらい浮かんだ。
昨夜…昨夜、は、確か三回ぐらいやられて、すんごいだるくてあっと言う間に眠った。
……………
………
…
それか!!!!
気付いた瞬間、みるみる顔が赤くなった。
恥ずかしい事を、俺の口でさらっと言うな!!
「…私の姿で赤くならないでくれませんか。 なんか気持ち悪い」
「俺もさっきから同じ事思ってるよ」
「っていうか動けないんですけど、だるいんですけど」
「あーもー、うるさいっ」
もういいや、ひきずっちゃえ、俺の身体だけど。
ぐい、と腕を引っ張ると、思いの外軽々と持ち上がった。
あれ、と違和感を感じたけど、ちょっとした意地悪を思いついた。
邑輝の、もとい俺の身体の腕を自分の首に巻き付けて、背中を支える。
下着姿の身体にシーツを巻いて、膝の裏に腕を差し入れて、よいしょ、と持ち上げた。
「うわっ……お姫様抱っこなんて嫌だ。 気持ち悪い」
「いいから黙ってろよ」
邑輝の身体で持つと俺の身体は結構軽くて、こいつってホントに力あるな、と思った。
同じ男として情けないというか、なんというか。
ソファーに身体を下ろして、めんどくさいからトーストだけ用意した。
隣に座ると、なんだか俺が小さく華奢に見える。
邑輝から見た俺って、こんなだったんだ。
か弱そうで、頼りなさげで、守ってあげたくなる……って最後のはなんかオカシイだろ。
いつもの様に邑輝が身体を寄せてきて、そっと指を絡めてくる。
それは邑輝が俺だけに見せてくれる、子供みたいな甘え。
でも、中身が邑輝ってだけで俺が…すごく、可愛い。
「…なんか、変」
「なにが」
「俺が可愛く見える」
「都筑さんは可愛いですよ」
相変わらす砂を吐きたくなる様な科白ばっか吐きやがって。
でもたどたどしく敬語を使う子供みたいで、段々本当に可愛く思えてくる。
邑輝の自惚れが、俺にもうつったか。
「そういえばこれ、どうやって戻るんだろ」
「三回してこうなったんだから、三回やれば元通りじゃないですか」
「お前って馬鹿だろ」
トラブルパニック症候群は、簡単には治りそうになかった。
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