どうして俺って、こんなにツいてないんだろう。















「……あ」






今日は都筑が贔屓にしているケーキ屋の、新作発売日。

まだ今月は少し余裕があるし、仕事帰りに買おうと思っていたら。



まさかの死刑宣告（残業）で、ウキウキ週末計画はあっさりと潰されてしまった。



諦めきれずに街をうろついて、とうに閉店時間を迎えた店の前で立ち尽くして。

仕方ないからコンビニ辺りで酒とつまみでも買って、この虚しさをやり過ごそうと。






「おや」






そう新たに練り直した計画は、またも潰されるのだろうか。



ばったりと出くわしてしまったのは、ウキウキ気分とは程遠い気分にさせられる男だった。






「嬉しいですね、まさか偶然に貴方に逢えるとは…」


「…ホントに偶然かよ」


「おや、私もそんなに暇じゃありませんよ。

　……少し疲れているようですね、大丈夫ですか？」






冷たい指先が、不意に頬を撫でる。



咄嗟に振り払って、一瞬後に我に返って、…バツが悪そうに目を逸らした。






「…うるせぇな、残業だったんだよ」


「そうですか、それはお疲れ様でした。　今夜はゆっくり休むといいですよ。

　…では、気を付けて帰ってくださいね」






いかにも、ただの知り合いとの会話のように。

手を振り払われたことも気に留めず、『普通』に都筑の横を通り抜けて行った。






「お、おい…ッ」






突然に終わった会話と、今日に限って『普通』だったことに。

混乱して、動転して、無意識に。



少し離れた邑輝を追い掛けて、腕を掴んでいた。







「……どうしました？」


「い、いや、その…っ……そ、それだけ、か？」






いつもなら、都筑が嫌がろうが、無視しようが。

自分の気が済むまで、絡んで、イジリ倒して、都筑で『遊ぶ』邑輝が。



まさか、何もしてこないなんて。



そのことに疑問を感じて、思わず口に出ていた言葉は。

前半部分が大きく抜けていたことで、邑輝に誤解をさせたらしい。



恐らく、その誤解は確信犯だろう。




さらに言えば、本当は誤解でもないのだが。







「…どうやら、期待を裏切ってしまったようですね」


「え？」


「貴方がそんなに、私を求めてくれていたなんて…」


「いや、何言ってんだ、お前」


「では、存分に…――可愛がってあげましょうか」


「……は？」






頭に疑問符を浮かべた都筑を無視して、半ば強引に手を引く。



路地裏の壁に押し付けられて、文句を言おうとした唇が塞がれた。






「ちょ、邑…――ッ！！」






始まりは暴力的に見えたのに、触れる唇はどこまでも優しかった。



啄ばむだけの口付けなのに、眩暈がする。

時折軽く吸われるだけで、洩れそうになる声を抑えるのに必死だった。






「…ッ、は…」


「…まだ、キスだけですよ？　そんな顔しないでください」


「え……？」


「そんな、可愛い顔されたら……止まらなくなりそうだ」






ゆっくりと耳元に近付いた唇が、いつもと違う――…掠れる程に低い、甘い声で囁いた。



びりびりと、背筋を電流が走ったような感覚。

耐えきれずに小さく跳ねた肩と、乱れた吐息を、邑輝が見逃すはずがない。






「それとも……止めなくていいのかな」


「んっ……ば、バカ、やめろ…ッ」






更に近付いた唇が、耳朶に触れる。

そのまま囁かれて、急に当った吐息に、思わず洩らした甘い声。



咄嗟に自分の口を塞ぎたくても、邑輝が手を押さえている所為で動けない。



精一杯の抵抗として顔を背けても、身体を密着させられて、益々身動きが取れなくなってしまう。






「…耳、弱いんですね……」


「や…ッ……そんなとこで、喋る、なよ…っ」


「耳元で囁かれるのがお好きなんですね。　覚えておきましょう」


「だ、誰もそんなこと、言ってない、だろ…っ」






耳朶を挟んだまま唇を動かされて、耳の中で響く声と、熱い吐息にぞくぞくする。

抑えきれない声を、文句を言うことで誤魔化した。



それが面白くなかったのか…――突然、甘く歯が立てられた。






「は、あンっ」


「……噛まれるのも、お好きですか？」


「〜〜〜〜ッ！！」






急に与えられた感覚に我慢できずに上げた声に、驚愕と羞恥で顔が熱くなる。



驚いたのは邑輝も同じだったが、平静を装ってからかうように言うと、真っ赤な顔で都筑は俯いた。

追い打ちを掛けるように、甘噛みした場所を舐め上げると、また声が上がる。






「あッ……い、いや…っ」


「…本当に、嫌…？」


「い、嫌だってばぁ……ん、あっ」






そっと舌を這わせると、段々と素直に喘ぐようになった。



抵抗の言葉すら誘っているように思えるほど、途切れ途切れの声に艶が帯びる。






「可愛い声ですね……もっと、聞かせて…――」


「やッ、やだ、やめ…ッ…、あっ」






一度声を上げてしまうと、もう我慢が出来なくて。



懸命に引き結ぼうとしている唇も、熱く濡れた感触が這うたびに、容易く解けてしまう。






「ひっ、ゃ……あ、アっ、んんッ」






器用な舌先が凹凸をなぞって、奥まで捩じ込まれた。

脳から響くような水音、中で蠢くざらついた感触に、肌が粟立つ。



自分の声なんて気にしている余裕が無くて、空いた手で邑輝の服を掴んで、崩れそうな身体を支えていた。






「……耳元で、そんな声出さないでくださいよ。

　本当に……―――止められなくなる」


「ひ、アあッ」






更に奥を突かれて、一際高い声が上がる。

快感と羞恥に瞳を潤ませる都筑の唇に、そっと指を当てると、濡れた瞳のまま見上げてくる。



耳元でずっと聞かされる喘ぎ声と、あまりに無防備な姿に。



思わず飛びそうになった理性を、必死に抑える自分に、邑輝は内心苦笑していた。






「あまり大きい声を出さないでください…他の誰かに聞かれるのは、嫌ですから。

　私だけに、聞かせて……」






からかい半分、本気半分でそう言われて。

ゆっくりと逸らした瞳と、下唇を噛む仕草に。



邑輝でさえ、ぞくりと鳥肌が立った。






「…ッ…都筑さん、可愛い……」


「あッ、んん…っ」






また抱き寄せて、耳朶に口付けながら囁く。



咄嗟に上げてしまった声を、言われた通りに抑えようとする姿が、堪らなく愛しかった。






「ひ…ッ…む、邑輝、やめ…っ」






愛撫を再開した途端、また抵抗の言葉を紡ぐ。

まだそんな余裕があるのかと、気にせず続けていると。



どうやら、意味が違ったらしい。






「あっ…そ、そこ、嫌ぁ…ッ」


「……ココ？」


「あんッ…や、ダメ…っ…」






耳の突起の周りをなぞるように舐めると、都筑の身体が過剰に反応する。

自力で立っているのも難しいようで、邑輝に体重を預けることで支えているようだ。



執拗に同じ場所に舌を這わせ、軽く歯を立てると、艶めかしく腰を揺らし切なげな声を上げる。



そんな様子で『嫌』だとか『ダメ』だとか言われても、逆効果なのだが。






「ココが一番感じますか？」


「ああッ…や、やだ、違…ッ」


「違わないでしょう？　ほら……」


「あ、アっ…邑輝、もう、嫌…ッ」






全身が熱で支配されて、耳から与えられるぞくぞくしたものが。

背中を伝って、腰にびりびりと響いて、膝を砕いて。

自然と瞳が潤んで、下半身に熱が集まる。



それを邑輝に知られたくなくて、密着させられている身体を引き離そうとしても、出来なくて。



それどころか、もっと触れて欲しいとさえ願ってしまう自分が居る。






「んッ…も、ホントに、やめ…っ」


「やめてもいいの？」


「あ……」






ふと、与えられ続ける感覚が消える。

それでも身体の痺れは残ったままで、震えが治まらない。



ちゅ、と音を立てて耳朶に口付けられて、ふと頭に浮かんだ想いと。






「…もっとして、でしょう…？」


「ん、アっ」






邑輝の言葉が、重なる。



焦らすようにそっと舌を這わされて、脳さえも麻痺して。

瞬間、何かが外れた気がした。






「ほら……言ってごらんなさい、都筑さん」


「は、あ、ア…ッ…」


「ココ……もっと、弄って欲しいでしょう？」


「ふあ…っ」






また突起の周りを舐められて、浅ましい期待に胸が高鳴る。



邑輝の服を握り締めた手を背中に回して、抱き着く。

自ら身体を摺り寄せて、紅いピアスが光る耳に唇を寄せた。






「も……もっと、してぇ…ッ」


「…っ……いいコだ…」


「んっ」






少し乱れた吐息と、餓えた声に、また感じてしまう。



早く、もっと、メチャクチャに感じさせて。






「あ、アっ…む、邑輝ぃ…ッ」


「気持ちいい？　都筑さん」


「ん…ッ…気持ち、イイ…っ」






舌で弄られて、甘く噛まれて、また舐められて。



触れられないまま達しそうなほど気持ち良くて、何もかもどうでも良くなってしまいそうだった。

頭の中は真っ白で、ただ夢中で邑輝にしがみついていた。






「もっと…気持ちいいこと、教えてあげましょうか？」


「あッ」






膝を割った脚が、一度も触れられずに昂った自身に押し当てられる。

今にも『抱いてくれ』と言いそうで、残った理性を総動員させて抑えた。



もっとも、それはすぐに崩されることになるのだけれど。






「ね、都筑さん…私の部屋にいらっしゃい。

　……今夜はたっぷり、可愛がってあげますよ…」






たっぷりと艶を含んだ、低く掠れた声が鼓膜までも犯して。

操り人形のように、気付けば頷いていた。







―――……その後、当然のように『お持ち帰り』された都筑が。

これまた当然の如く、美味しく頂かれちゃったのは、想像に易いことである。




邑輝の言葉通り、一晩中可愛がられた都筑が、何故最初に彼を無視しなかったのか。






その理由を自覚するのは、もう少し先のコトだった。















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耳責めと焦らしプレイが大好きです（笑）