敵同士だった頃は、あんなにセクハラばっかしてたくせに。



なんで、付き合った途端に触んなくなんだよ。





……別に、触って欲しいワケじゃねーけどさ。















休日、突然に鳴り出した携帯電話。



せっかく休みだから昼ぐらいまで寝てようかなぁ、なんて。

目が覚めてはまた布団に潜り込んでうとうとしてたのに、携帯の音で台無しだ。




むっとしながら手を伸ばして画面を見ると、表示されている名前は恋人のもの。






「……もしもし」


『都筑さん? すみません、お休み中でしたか』






電話越しに聞こえる、低くて甘くて、優しい声。

声を聞くだけでドキドキする自分が、少し悔しい。



これも、惚れた弱みってヤツか?






「んー…大丈夫……で、何?」


『今日は仕事が早く終わったので、お会い出来ないかと思ったのですが…』


「お前、夜勤だったんだろ? 寝なくていいのかよ」


『おや…心配して下さるのですか? 相変わらず、優しい方だ』






とびっきり、艶を含んだ声。

耳元で囁かれているようで、思わず顔が赤くなる。






「…〜〜〜ッ…うるせぇな、電話切るぞ」


『恋人に対して、酷い仕打ちですねぇ』


「………で、どこで会うんだよ」


『そうですね…今日は時間がありますから、私の部屋でゆっくり過ごしましょうか』


「じゃあ、もうちょいしたら行く」


『お待ちしておりますよ、愛しい人』






電話を切る瞬間に、また囁かれて。

心臓はバクバクだし、顔は真っ赤だし。



電話でこれじゃ、実際耳元で言われたらどうなっちゃうんだ俺は。



…まぁ、邑輝もそんなことしないけど。









とりあえず、邑輝が住むマンションに向かう。

何度か来てはいるが、いつ見ても無駄に豪華だ。



まったく、金持ちってのは解んねぇ。







「…お邪魔しまーす」


「ああ、いらっしゃい」






以前渡された合鍵を使って、部屋に入る。



何の進展もしてないのに合鍵は持ってるって、なんか不思議だよな。




邑輝はソファーに座って、優雅にティータイムしてるし。

嫌味なくらいサマになるんだから、ムカつく…けどカッコイイって思う自分が少し情けない。






「飲み物は何にしますか?」


「あー…いや、自分でやるって」






徹夜で働いてきたっていうのに、なんでコイツはこう、俺を優先するかな。



…いや、ちょっと嬉しいかも、とは思うけど。






「…お前さ、寝なくて平気なの?」


「貴方と過ごす時間の方が、大切ですからね」






そうやって、また笑ってる。



いつも冗談みたいにキザなセリフばっかり言って、そのくせ手を出さない。

敵だった頃は、嫌だって言ってもベタベタ触ってきてたのに。






「……自分の体の方が、大事だろ?」


「心配して下さるのは嬉しいですが…残念ながら、こう見えても丈夫なもので」


「…無理はすんなよ?」






セクハラまがいのことをされないのが、逆に不安になる。

お前はいつも俺を追ってきて、俺を手に入れようとしてきたから。



もしかしたら、手に入ったらもうどうでもいいのかもしれない、って。






「……そんなに私を寝かせたいなら、貴方が一緒に寝てくれますか?」






ぼんやりしてたから、一瞬何を言われたか解らなかった。



言われた言葉を頭の中で懸命に解読して、理解した途端に顔が熱くなる。






「な…ッ…」


「冗談ですよ」






驚いて真っ赤になった俺を見て、クスクスと笑う。

憎らしくて、でも嫌いになれないから困るんだ。



またからかわれたことにムッとして、ふと思った。



邑輝が触れてこないからって、ごちゃごちゃ考えて不安になってばっかりだけど。

でももう考え込むのも面倒だし、自分から触っちゃえばいいって。






「……いいよ」






淹れてきた自分のコーヒーをテーブルに置いて、ソファーに座る。

邑輝に寄り添うように、ぴったりとくっついて。



一瞬、邑輝の体が強張ったような気がした。




初めて触れるワケじゃないのに、服越しの体温にドキドキする。






「……都筑さん?」


「添い寝、してやるって言ってんだよ」


「………あの、先程のは別に本気で言った訳では…」


「じゃあ、何? 邑輝は俺と寝たくないんだ?」


「いえ、ですから…」






珍しく、邑輝が困ってる。

軽く頭を掻いて、言葉を探しているみたいだ。



でも、『恋人』なんて言いながら、お前がいつまでも触れてくれない所為で。




俺も、いつまでも触れられない気がして、嫌なんだ。






「……敵だった頃は、嫌だっつってもベタベタ触ってきたくせに…。

 なんで付き合ってからの方が、何もしてこねーんだよっ」


「…それは……」


「恋人恋人って言うくせに…お前が一番恋人扱いしてくんないじゃん!」






ダメだ、止まんない。

冷静になれよ自分、って言い聞かせようとしても、出来ない。



っていうか、自分が何言ってるか分かんなくなってきた。




俺、邑輝に触って欲しいのかな…。






「付き合って、敵じゃなくなって…前より近付けたって思ったのに…。

 ……今の方が遠い気がして、嫌なんだよ…」






目の辺りが熱くなって、じわ、と滲むものがある。

でも泣くのもなんか悔しくて、唇を噛んで必死に耐えた。



邑輝に見られないように俯いて、膝の上で拳を握る。



その手が震えているのが、自分でも解るほどだった。







「…都筑さん」


「え……邑、輝…?」






気付けば、ぎゅっと抱き締められていた。

邑輝の腕の中に居る、包まれているような感覚が心地良い。



付き合ってから、こんな風に抱き締められたのは初めてだった。




押し当てられた胸から、邑輝の鼓動が聞こえる。






「……触れても、いいの?」


「え…?」






抱き締めてくる腕の力が強くなって、更に密着する。



煙草と香水と、…邑輝の匂いがして、ますますドキドキした。






「ずっと、怖かったんです。 貴方に触れるのが…」


「…どうして?」


「……拒まれるのが、怖くて」


「…拒むワケ無いだろ?」






邑輝の鼓動が、少しずつ早くなっていく。

邑輝も、ドキドキしてるんだ。



そう思うと、段々不安が薄れていくような気がする。






「…それに……一度、貴方に触れてしまったら」






抱き締める腕が緩んで、頬を撫でる低い体温。

親指が唇をなぞって、軽く顎を持ち上げられる。



息が掛かるほど近くで、機械のような銀色の瞳が、俺を見つめている。



『恋人』になってから、こんなに接近したのは初めてで。

照れるより先に、見惚れてしまった。






「もっと、触れたくなる……貴方を、離したくなくなってしまう…」






今にも触れそうなほどの唇に、熱い吐息が触れる。

低く掠れた声が、熱を感じた皮膚から全身に巡る。



伝えられた熱の所為で、眩暈まで起こしそうで。




ただ、ぼんやりと邑輝の瞳を見つめて。

そのまま、唇に柔らかいものが触れた。



それが邑輝の唇だと気付くまでに、少し時間が掛かった。







「………愛してる…」






啄むように優しく触れる唇、その合間に吐息と共に囁かれた言葉。



……腰砕けって、こういうことを言うんだろうか。

全身が痺れたみたいに、力が入らない。






「怖いくらい……貴方が、好きだ」






見上げた邑輝の顔は、いつもの、人をからかうような笑みじゃなくて。

どこか縋っているようにも見える瞳、本気で言ってるんだと理解した。



ああ、もしかしたら俺も同じなのかもしれない、そう思った。






「………俺も…同じ、かも」






でも素直に認めるのもシャクで、はっきり言葉にはしなかった。



それでも、コイツにはきっと伝わってるんだろう。






「…それは、何に対してですか?」


「………さぁな」


「意地悪ですねぇ」






ちゅ、と頬にキスをされて、また抱き締められた。



邑輝は、いつもみたいに余裕の笑みを浮かべていたけど。

抱き寄せられた胸から聞こえる鼓動は、まだ早いままだった。



今度から、からかわれたときは、表情より先に心臓の音を確かめてみようか。






「…なぁ、邑輝」






邑輝の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きついてみる。


心臓の音が、一瞬強くなった気がした。






「俺に、ドキドキする?」


「そうですねぇ…多分、貴方の所為で随分寿命が縮んだと思いますよ」


「ふぅん…じゃあ、俺死んでて良かったな」


「おや……死神でも、心臓は嘘を吐けないのですか」


「死神とか関係ないだろ…うわっ」






身体を抱えられて、邑輝の膝に跨る形になった。

腰を抱かれて、胸に耳が当てられる。



びっくりして、顔が一気に熱くなって。




心臓なんて、ドキドキを通り越してバクバクだ。






「ああ、本当だ……ねぇ、都筑さん?」


「な……なんだよ」


「こうやって…いつまでも、私にドキドキしていて下さいね?」


「…そんなの、身体もたないじゃん」


「貴方は寿命の心配が無いのだから、いいでしょう?」


「………勝手なヤツ」


「その『勝手なヤツ』を好きになったのは、貴方ですよ」






相変わらず、嫌なヤツ。

でも、邑輝の言うとおりだとも思うから、反論出来ない。



邑輝の頭を抱え込んで、綺麗な銀色の髪に頬を寄せる。

柔らかくて気持ちいい、こんな風に触るのも初めてだ。

髪を梳くように撫でると、指の間からさらさらと零れ落ちる贅沢な感触。



今度は、邑輝にも撫でてもらいたいな。

そんな風に考えてしまう俺は、きっともうコイツから離れられない。



怖い、って言ってた邑輝の気持ちも、解る気がする。






「…お前なぁ」


「何か?」


「何か?じゃねーよ、ヘンなとこ触んなっ」


「おや? 一緒に寝て下さるのでしょう?」


「冗談だったんだろ、アレは!」


「いえいえ、本気でしたよ? さて、ベッドに行きましょうか」


「ちょ、ふざけ…ぎゃーーーーー!!」










触れて、触れられて。

身体の距離と一緒に、心の距離も縮まった気がして。



嬉しかった、けど。






やっぱり……ちょっとだけ、後悔した…かも。















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このお題、実はかなり気に入ってます。
『付き合ってるのに触れてもくれない』って、なんか可愛くないですか?

『触れてくれない』んじゃなくて、『触れられない』んだよ!って言ってあげたくなる(笑)

両想いなのにじれったいのって、好きです。
応援したくなるっていうか…まぁ、当人たちも結構楽しい時期なんじゃないかなぁ。


この二人の場合、一度触れたら、ものすっごいべったりになりそう…(笑)



最後まで読んで下さって、ありがとうございましたm(__)m