友達、なんて、曖昧な関係。
いつでも変わることがあるって、忘れない方がいいですよ?
「ごめん、遅くなって! ……待った、か?」
「いえ、私も今来たばかりですよ」
「そっか、良かった」
街の中のちょっとした広場、その中心の花壇。
色とりどりの花々を植えられたその場所は、恋人たちの待ち合わせ場所の定番となっている。
時間より少し遅れた彼は、息を切らして走って来た。
けれど、すぐに満面の笑みを浮かべてみせる。
どんなに美しい花も霞む可愛らしさに、柄にもなく胸が高鳴った。
まるで恋人同士のような場面にも、嬉しくなる。
…が、実際は恋人ではないという事実が、ほんの少し気を重くする。
「で、今日はどこ行くんだ?」
「そうですねぇ…時間も時間ですし、ちょっと飲みに行きませんか?」
「お、いいなぁ…あ、でも俺、金無いよ」
「構いませんよ、私が出しますから」
「んー…嬉しいけどさ、いつも出させてばっかりだし…」
「遠慮しなくていいんですよ?
貴方がこうして会って下さるだけで、私は嬉しいですし」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
彼と居ると、普段では絶対に言わないような気障な科白も、自然と口にしてしまう。
口説かれることに慣れていないのか、そんな科白を言うたびに頬を染めていた。
そのまま視線を逸らす仕草が、赤くなった頬に掛かる黒い髪が、やけに煽情的で。
くるくると変わる無邪気な表情、その中に時折見せる艶。
会うたびに惹かれていく自分が、バカみたいだと自覚はしているが。
正直、悪くない気分だと思ってしまうから…不思議なものですね。
軽く照明を落とした、程良く落ち着ける空間になっているバーのカウンター。
行きつけの店、よく一人で飲みたいときに使っていた場所。
誰かを案内するなど、初めてのことだった。
カウンターの端の席に、並んで座る。
殆ど無意識に、彼を一番隅の席を勧めた。
彼の隣に、見知らぬ誰かが座ることを避けた自分が何だか可笑しい。
「……いいな、この店」
「気に入って下さいましたか?」
「うん、雰囲気もいいし、酒も美味いし」
「それは良かった……ですが、飲み過ぎないように気を付けて下さいね」
グラスに注がれた色鮮やかなカクテルを口に運びながら、柔らかい笑顔を見せる。
こうして当然のように笑顔を見られるようになったのは、ごく最近のことだ。
敵同士から、友達へ。
以前を考えればかなりの昇格だとは思うが、気に食わない、とも思う。
その他大勢に含まれる『友達』など、私が望むポジションではありませんからね。
「うー…巽みたいなこと言うなよ」
拗ねたように零した彼の一言に、ピクリと片眉が跳ねる。
何故、こうも鈍感というか無神経というか…。
これが『友達』という存在の嫌なところだ、と思う。
二人きりのときに違う人間の話をしないで欲しい、と言えない。
ここで不機嫌を露わにしようものなら、最悪、関係が終わってしまう場合もある。
ステップアップする為にはある程度自分を抑えなくてはいけない、辛いことだ。
「……ほう、巽さんがそんなことを?」
なんとか、平静を装うことに成功する。
内心では、この話題を早く終わらせたい、と思いながら。
「うん…アンタは飲み過ぎるとロクなことにならないんですから、とか言ってさ」
子供のように、頬を膨らませる。
実際の年齢には合わない仕草だが、幼く見える彼の顔には妙に似合っていて。
また可愛らしい表情を見れたことを、嬉しく思う。
思う、が……話している内容が、面白くない。
自分がこんなに嫉妬深くて、独占欲が強いことなんて。
貴方に出会って、貴方を想うようになるまで、知らなかった。
「おや……私は、別の意味で言ったのですが」
「? 別の意味?」
きょとんとして、目を瞬かせる。
どんな表情も可愛らしくて、つい頬が緩んでしまう。
…これも警戒心を持たれない『友達』の特権かと思うと、少し複雑ですけど。
彼の心を少しでも自分に向けたくて、指先で彼を呼ぶ。
頭に疑問符を浮かべたまま近付いてきた彼の耳元に、唇を寄せて。
「送り狼になる可能性のある者が、隣に居ることをお忘れなく」
「………ッ!!」
彼だけに聞こえる程の小さな声で、そっと囁いた。
このまま触れてしまいたくなる衝動を、必死に抑えながら。
こちらに傾いていた彼の身体は、一瞬で元の姿勢に戻った。
全身が強張って、けれど赤くなった顔が、それが拒絶ではないことを証明してくれている。
例え一瞬でも彼の心を占めることが出来ただけで、先程の不機嫌など綺麗に消える。
恋をすると、人というものはこうも単純になるものなのか。
一挙一動に、一喜一憂。
それが楽しいと思う、そんな自分を悪くはないと思ってしまうから。
貴方に恋をすることを、やめられない。
「あー…美味かったぁ」
「満足して頂けたようで、何よりですよ」
忠告通り、ほろ酔い程度にしか飲まなかった彼。
飲み過ぎても良かったのに…と思わないでもないが。
正直、飲み過ぎてくれなくて良かった。
抵抗出来ない彼を、無理矢理に襲うようなマネはしたくない。
彼を傷付けたり、泣かせたりしたい訳では無いから。
ゆっくり時間を掛けてでも、彼からも想われるようになりたい。
…まぁ、私らしくない、とは思いますけど。
「また、一緒に行こうな」
何気なく言われた一言、それが酷く嬉しかった。
酔っている所為かもしれない、やけに上機嫌な彼が幸せそうな笑顔で言ったから。
触れたい、と思ってしまう。
心臓が一際大きくなって、体温が上がった気がする。
ポーカーフェイスというものを、身に付けておいて良かった。
こんな情けない自分を、彼に知られるのは…何となく気恥ずかしい。
「貴方さえ良ければ、いつでも」
「うん、また誘ってくれると嬉しいなぁ〜…。
俺、お前と出掛けるの好きなんだ。 いつも楽しいし」
酒の所為で少し上気した頬、私の顔を覗き込むようにした紫電の瞳は上目遣いで。
……少しだけ、触れてしまおうか。
無防備過ぎる彼に、忠告の意味も兼ねて。
ふと、立ち止まる。
不思議そうに首を傾げながら歩み寄った彼の、自分より幾分か華奢な手首をそっと掴んで。
多少勢いをつけて引き寄せると、彼の身体はいとも簡単に倒れ込んできた。
「え、うわっ」
短い悲鳴を上げて、私の腕の中に。
自分の身体を支えようとしたのか、彼の掌が腕に添えられる。
何事かと見上げた彼の瞳、間近で見る紫水晶は微かに濡れていて。
やはり彼を酔わせるべきでは無かった、そう後悔しても、もう遅い。
「…どうか、した?」
これだけ接近しても、手を振り払うことも、身体を突き飛ばすこともない。
警戒心の欠片も無い彼、安堵しつつも、素直に喜べない。
絶対に手を出さないと思われているのか、それとも誘っているのか。
後者なら嬉しいが、どちらかと言えば前者だろう。
本当なら、今彼に触れることは不正解かもしれない、が。
今回は、貴方も悪いと思いますよ?
けれど、貴方に嫌われたくはないから。
「……? 邑…――――ッ!!!!」
今は、これくらいにしておきましょう。
唇を寄せても、不思議そうに見上げる彼。
薄く開いた唇、そのすぐ横の柔らかい肌に口付けた。
途端に見開いた彼の瞳、唇からは声にならない声が上がる。
そして、これでもかというくらいに真っ赤になった顔。
「え…邑輝、今……」
うわ言のように呟きながら、思考が追いついていないのか、身体は硬直したままだった。
出来ることなら、このまま抱き締めて、唇に触れたい。
でも、それは……貴方も望んでくれたときがいい。
「油断は禁物ですよ、都筑さん。
……『友達』ほど、危ういものはありませんから」
「え……?」
「あまりに無防備だと、狼に食べられてしまいますよ?
………ですが」
今は、二人以外に誰も居ないから。
先程よりも近く、耳朶に触れるギリギリまで唇を寄せて。
「私の前でだけは……油断してくれてもいいですよ」
「……っ…」
囁いた耳まで赤くなった彼、可愛らし過ぎて、愛しくて。
掴んでいた手首を解放すると、彼の指先がそこに触れる。
隠すように、私が触れていた感触を確かめるように。
思考がやっと追いついてきたのか、戸惑うように瞳を伏せる。
言葉を探すように忙しなく視線を動かし、やがてゆっくりと見上げる。
微笑んで見せれば、また目を逸らして、拗ねたように唇を尖らせた。
「………お前の所為で、酔いが醒めた」
「私の所為、ですか?」
「当たり前だろ。 ……もう一軒、奢れよ」
「仰せのままに」
貴方の油断は、『友達』の証。
それを『恋人』の証に、変えてみせますよ。
だから、もっと油断を見せて?
彼の『油断』=『期待』だということを知るのは、もう少し後の話。
基本うちのサイトの邑都はもう出来あがっているので(笑)、
まだ付き合う前、というのを書いてみました。
都筑さんの為に一生懸命頑張る邑輝って、可愛くないですか?(笑)
えと、一応…ヘタレ邑輝×ツンデレ(テレ?)都筑を目指したつもり…です。
心にそういうフィルターをつけてお読み下さい(笑)
最後まで読んで下さって、ありがとうございましたm(__)m