もっと、違う出逢い方だったら。

幸せだと、思うことが出来たかもしれない。



違う出逢い方、なんて、存在しないだろうけど。




それでも。





出逢わなければ良かった、なんて。



そう思わない自分が、酷く可笑しかった。















「別れよっか」






何度も、何度も言おうとしたセリフ。

頭の中で思い浮かべては、声にならなくて、飲み込んでいたセリフ。



でも、やっと言うことが出来た。



無表情で、抑揚の無い声で、独り言のように呟いて。

けして大きい声では無かったのに、静かな部屋にはよく響いた。



いつもと同じ、ソファーに座って、他愛ない話をして。




違うのは、帰るときの俺の言葉だけ。






「…ええ」






応えたお前の言葉は、いつもと同じ。



それが、少し悲しかった。






「……じゃあ」






短い挨拶、そのあとに続く『またね』が言えないことが、辛い。

いつも、また会う約束をすることも辛かったのに。



立ち上がって、横に流した視線、煙草に点けた火。

長い前髪の所為で、お前の顔が見えない。



最後に触れたのはいつだろう、ふとそんなことを思った。

彼の体温を忘れてしまった、だって隣に座るときさえ、温もりを感じない。

手を伸ばせば触れられる、けれど体温を知ることは出来ない距離。



体の距離は、心の距離。

そういえば、そんな話を聞いたことがある。



それなら俺たちは、心が近付いたことなんて無かったのだろうか。




ただ、一度だけしか。




彼はその一度だけ、俺に触れた。

綺麗な白銀の瞳には、躊躇いの色。



二人とも、傷付くことが解っていたから。



それでも、我が儘な俺に、優しい彼は応えてくれた。

幸せで、不幸せだった夜。




その夜から、何度思っただろう。



もう触れてはいけない、離れなくてはいけない。

想いが心を壊す、その前に。






「……あの、さ」






彼に背中を向けて、数歩歩いたところで、足が止まる。

今すぐにでも、振り向いて、彼に触れたい。



本当は、心のどこかで。

……彼が引き止めてくれることを、望んでいた。



最後まで我が儘な俺、優し過ぎる彼。

傷付けることしか出来ない俺、傷付けることを恐れる彼。

最初から最後まで、ずっと変わらなかった。



隣に座ったときの距離と、同じように。






「…俺、結構楽しかったよ。 お前と、居るの」






言いたいことは、そんなことじゃないのに。

一度も告げることの無かった、彼への想いを伝えたいのに。



でも、最後の最後で、お前を傷付けたくない。






「………見送りますよ」


「うん…ありがとう」






背後から聞こえた声、でも振り向けなかった。

今お前の顔を見たら、きっと泣いてしまうだろうから。




短い廊下を無言で歩いて、すぐに玄関に着いた。



このドアから一歩踏み出せば、……本当に、終わってしまう。




お前の隣で、何度泣いただろう。

今だって、泣いて縋り付いて、離れたくないと言えたら。



もしそんなことが出来たなら、お前はそれも受け入れてくれるのかな。






「……私も、悪くない時間だったと思っていますよ。

 貴方と重ねた時は……夢に、似ている」


「………そっか」






辛くて、苦しくて…それでも、どこか甘い夢。

お前と重ねた僅かな時が、本当に夢なのだとしたら。

その夢を見ながら、永遠に眠り続けたい。



最初から、叶わないと知っている、夢。



終わりの見えていた始まり、それでも夢を見ようとしたのは。

傷付き合う為、同じ傷痕を残す為。



想いも温もりも残せないから、痛みと傷だけでも共有したかった。






「もう、会うこともない、よな…」


「…ええ、そうですね」






静かに深呼吸をして、振り向く。

手を伸ばせば触れられる、けれど触れられない、遠い距離。



体の距離は、心の距離。

思い知らされるのが、辛い。



でも、最後くらいは。

最後に、お前に遺すものは。




痛みでも、傷でも、涙でもなくて。



笑顔を、そして彼の心に温もりを。







「邑輝……ありがとう。

 それから、………ごめん」






上手く笑えたかな。

大切な人たちの前で、笑うように。



優しいお前が、もう心配しなくてもいいように。



俺は、もう大丈夫だから。

心の中で、お前と自分に、呟いた。






「……じゃあ、な」






黙ったまま、僅かに目を伏せる彼。



これ以上ここに居たら、彼の傍に居たら。

きっと、泣いてしまう。



彼に背を向けて、ドアノブに手を掛けた。




この部屋を出れば、……夢は、終わる。







「……ッ…邑輝…?」






体が、後ろに引き寄せられる。

そう感じて、反射的に振り向こうとして、動きが止まる。



視界の端に、見慣れた銀色、さらさらと揺れる彼の髪。



気付けば、彼の腕の中に居た。






「……どう、して…」






痛むほどに強く、抱き締められている。

懐かしい、冷たい温もり。



じわりと滲む、視界がぼやける。



どうして、抱き締めたりするの。

どうして、温もりを与えるの。




せめて最後は、お前の前で泣きたくなかったのに。







「都筑さん…」






緩められた腕、振り返れば、また抱き寄せられて。



頬を撫でる白い指先、優しい感触。

一筋流れれば、止まることを知らない涙が、彼の指を濡らす。



息が掛かるほど近くで、見つめた彼の瞳が揺れていた。




躊躇いとは違う、色。





こんな気持ちを、共有したい訳じゃなかった。






「邑、輝………ん」






不意に、重ねられた唇。



あの夜でさえ、口付けなど無かったのに。




初めて知る唇の柔らかさ、低い体温、正反対に熱い吐息。

全てを遮るように、瞳を閉じた。



もっと、彼を感じられるように。






「都筑さん………誰よりも、何よりも、貴方だけを…」






口付けの合間に、囁く低い声。

掠れた声、僅かに寄せられた眉根、揺れた白銀の瞳は濡れていて。



それでも、彼は……微笑んでくれた。







「―――…愛して、いましたよ」






現在進行形の想いを、過去形の言葉で。



全てを終わらせる為の、悲しい告白。






「…俺、も……」






彼の首に腕を回して、もう一度口付ける。

微かに震えている唇、それを感じて心臓が痛んだ。



泣きながらだったけど、彼を真似るように微笑んで。







「俺も、お前のこと………愛してた」






ずっと伝えたくて、でも告げられなかった想い。



いつも言いたかった言葉は、二人で遺し合う最後の傷痕。




解けた彼の腕、逃れるようにドアを開けた。

操り人形みたいに、足が動いて。



頬を撫でる冷たい風、ついさっきまで触れていた彼の指先に似ている。



ドアを閉める瞬間に覗き見た部屋の中、静かに落ちた透明な雫。





ゆっくりと閉じた扉に、背中を預ける。

凭れた身体は、糸が切れたように崩れ落ちた。



涙腺が壊れている、そうとしか思えないほど涙は止まらなくて。




何かを確かめるように、指で唇に触れた。



まだ残る、彼の感触、彼の温もり、彼の……全て。





全身を包む冷えた空気、彼に抱き締められているような錯覚。

それをもっと感じていたくて、動けなかった。












最初で最後の、キス。





それは、終わりの始まり。
















Back











ちゃんと別れ話書いたの、初めてです…。

普通に考えれば、『始まりの合図のキス』って、
『キスから始まる二人のラブ☆』って感じなんですけど(笑)

ありきたりじゃつまらないかなーなんて(天邪鬼だから)思いまして、
『終わりの始まり』をテーマにしたんですが。

……これ書いたとき、へこみました、マジで…(泣)


この二人は、やっぱりラブラブがいいです、基本的には。



ここまで読んで下さった方、ありがとうございましたm(__)m