どんなに手を伸ばしても届かない。
それは何よりも遠く、そして何よりも近く。
無理矢理にでも手に入れようとすれば、跡形も無く崩れ去る。
決して捕えられないアナタは、水底の月。
≪水底の月≫
「…もう、終わりか?」
散々啼かされて疲れ切った身体を、漸く動かせるようになって。
今まで紫煙を燻らせていた男は、肌蹴ていたシャツの釦を丁寧に留め始めた。
「申し訳ありませんが、まだ仕事がありましてね」
冷たい声は、先程自分を煽っていた声とは別人の様。
美しい銀色の瞳も、今は自分を見てはいない。
「…次は、いつ?」
掠れた声で訊ねると、情事の時のように…妖艶な微笑みで、甘い囁きで。
「…また、貴方が望む時に…」
いつものように告げられて。
いつものように、この秘密の逢瀬は終わる。
どれだけこの想いを捧げれば、報われる?
それとも、そんな時は永遠に来ないのだろうか…?
考える度に、息苦しさと眩暈に支配される。
彼の心が手に入らないのなら、
せめて二人の距離がこれ以上離れないように。
生意気で、それでも従順な、邑輝の望む玩具になりきって。
それなのに、割り切れない想いが邪魔をしている。
「……愛してる…」
独りきりの部屋で、己の呟きだけが虚しく響く。
真っ白に塗り潰された部屋は、
自分という黒を受け入れないあのヒトのよう。
ただ欲しくて、自分だけのモノにしたくて。
ドロドロに渦巻く醜い想いは、愛と呼べるの?
水底の月が、決して掴めないものならば。
アナタを映す水面の奥底に、醜い欲望ごと封じ込めて。
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