俺だったら、何が嬉しいかな。
祝ってくれるっていう、その気持ちだけでも嬉しい。
おめでとう、って一声かけてくれるだけで、なんか幸せな気持ちになる。
プレゼントなんて、何でもいい。
俺の為にって考えて、用意してくれただけで嬉しいんだよね。
でもそれが、アイツからだったら?
大好きなケーキも、欲しいものも、きっと何でも用意してくれるんだろう。
でも俺は、そんなものより。
ただ、一緒に居たいな、って思うんだ。
≪Give Me you≫ 後編
「ただいまー…」
鍵を開けて、玄関を通り抜けてリビングへ。
来る途中で買った、小さなケーキが二つ入った袋は、背後に隠して。
でも、邑輝は居なかった。
きっと、まだ仕事なんだろう。
ほっとして、でも焦った。
「どうしようかなー…」
とりあえず、酒の用意でもしよう。
ケーキは、冷蔵庫にでもしまっといて。
一般家庭には無いだろうが、何故かこの部屋にはあるワインセラー。
こういうときには便利だな、と思いつつ、適当なものを選ぶ。
氷に埋もれたボトルを見ていると、自分まで寒く感じてくる。
放ってあるリモコンを取って、暖房を入れてみた。
設定温度は充分に高いはずなのに、それでも、なんだか寒い気がする。
ああ、そうか。
いつもこの部屋にいるときは、一人じゃないから。
「…アイツ、こんなだだっ広い部屋で、一人で…
寂しいとか、ねぇのかなぁ」
自分が住んでいる、狭いアパートの部屋でさえ。
一人でぼんやりしていると、何だか物足りない気がするのに。
邑輝だってここにずっと住んでいる訳じゃないし、更に広い屋敷の方が本宅だ。
一度その馬鹿デカイ城のような屋敷にお邪魔したこともあったが。
邑輝一人の部屋ですら、このマンションの部屋より広かったと思う。
「大金持ちだと、ああいう部屋のが落ち着くのかなぁ?」
いつも二人で並んで座るソファーに、一人で座って。
癖のようにちらりと見た隣に、違和感。
音は、自分の独り言と、室温で融けた氷がワインボトルと生み出す小さなものだけ。
カラン、と微かな音さえ響くたびに、無性に切なくなる。
「……早く帰って来いよ、バカ」
テーブルの上の硝子の灰皿、その淵に置き去りにされた、煙草の吸殻。
名残のようなそれに、触れた瞬間。
ドアノブを回す音が、聞こえた。
慌てて手を引いて、そのまま硬直。
本当は、すぐにでも立ち上がって、玄関まで走っていきそうだった。
でも、何か恥ずかしい気がして。
『別にお前の為に来たわけじゃねーしぃ。
ちょっと酒飲みたかったから用意してたんだけど、
ほら、一応お前の家だし、酒もお前のだしさ?
勝手に飲むのも悪いしね、待っててやったんだよ。
お前も飲みたいかと思ってさ。 俺って優しいよねぇ』
という体を、思わず装ってしまう自分が情けない。
こういうところで素直になれれば、邑輝を喜ばすことも、きっともっと簡単なのに。
そのくせ、ケーキを買うときにはちゃっかり店員さんに、
『あ、すみません、ちょっと誕生日で使いたいんですけど、
リボンとかありますか?』
とか聞いちゃってる自分が本気で嫌だ。
「…都筑さん?」
ちょっぴり自己嫌悪に陥ってる都筑だったが。
少し驚いたような邑輝の声で、現実に引き戻された。
「あー……おかえり」
「…ただいま」
そういえば、『おかえり』なんて言ったのは初めてだったかもしれない。
だからって、そんな反応をされると困る。
驚きながらも、幸せそうに微笑んだ顔で、『ただいま』と返されても。
こっちが照れるというか、…なんだか、首の辺りがむずむずするような感覚。
「珍しいですね、貴方が自分から来るなんて」
「…来ちゃ悪ぃかよ」
「とんでもない。 嬉しいですよ、とても」
脱いだコートをソファーの背凭れに掛けて、隣に座る。
やっぱり、だ。
隣に居るだけで、不思議と寒くない。
「…酒、飲むか?」
「ええ、頂きます。 貴方が用意してくれたんですか?」
「他に居ないだろ」
「そうですねぇ」
余程機嫌がいいのか、終始嬉しそうに笑っている。
せっかくの誕生日だから、機嫌は悪いよりはいい方がいい。
第一段階は突破した気がする。
「ちょっと待ってろ」
グラス二つを紅い液体で満たして、それを手にした邑輝を制止し立ち上がる。
リボンのついた小さな箱を冷蔵庫から取り出して、背に隠して戻った。
そのまま座らずに、覚悟を決めるかのように数秒立ち尽くす。
当然、邑輝は不思議そうに首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「…えっと」
「何です? 言ってごらんなさい」
言ってみろと言われると、余計に言いづらいものだが。
でも、せっかく買ってきたんだし、ワインだって一緒に祝う為に用意したんだし。
何故かやたらと煩い心臓の音を鎮めるように、小さく息を吐いて。
「……誕生日、おめでとう」
ちらりと盗み見た腕時計が、日付が変わったことを告げたのを確認して。
月並みな言葉を添えて、小さな箱を差し出した。
「…ありがとう、都筑さん」
箱を持った手に、冷たい温もりが重なる。
俯いていた顔を上げると、また、微笑んだ顔で見つめていた。
どこまでも優しい瞳で、一言で言うなら、きっと。
『愛しそうに』って言葉が、ピッタリかもしれない。
そんな目で見られたら、さっき鎮めた心臓がまた騒ぎ出すのに。
確信犯、じゃないんだろう。
そのあと、少し照れくさそうに笑っていたから。
「…ケーキ、買ったやつだよ」
「ええ」
「……俺、他に何も用意してないよ」
「要りませんよ、何も」
「…ワインだって、ここにあったヤツだし…」
「貴方が居てくれれば、それでいい」
………なんだ。
結局、欲しいものなんて、俺が欲しいもので良かったんだ。
「ほら、一緒に食べましょう?」
「……うん」
ケーキの箱を受け取って、テーブルに置きながら促される。
言われるままに隣に座って、でも、何故か悔しい気もした。
だって、お前を喜ばせたくて、喜んでくれて、嬉しいのに。
今、一番嬉しいのは、喜ばせられたのは、俺の方だよ?
「…なぁ、邑輝」
乾杯して、一緒にケーキを食べて。
悔しさを覚悟に変える為に、グラスを空にして。
袖を引いて、小さく名前を呼ぶ。
「? どうしました?」
「プレゼント、さ…ホントに、何もいらねぇの?」
「…そうですねぇ……ああ、では」
視線をこちらに向けた邑輝に念押しすると、考えるような素振りを見せて。
今思い付いたような口調で言いながら、白い綺麗な指先が、ふと唇に触れる。
長い前髪が頬を撫でて、美しい微笑が目の前にあって。
どんなに見慣れても見惚れてしまうそれに、一瞬息をするのも忘れていたら。
「貴方の唇を頂けますか?」
「……ッ!!」
極上の美声で囁かれて、思わず首まで熱くなった。
不意打ち過ぎだ、こんなの。
別にキスなんて数え切れない程してるし、それ以上のことだってしてるのに。
改めて言われると、めちゃくちゃ恥ずかしくなるのは何故だ。
「おや、ダメですか? 仕方ありませんねぇ」
「……は?」
「では、これで我慢しますよ」
呆然としてる間に、勝手に結論を出して。
今さっき触れた指先に、自分の唇を当てた。
…たかが間接キスなのに、目の前でやられると物凄い威力があるもんだ。
脳は沸騰しすぎると、思考が脱線する。
見事に現実逃避しかけて、ハッと我に返った。
これじゃ、結局悔しいままだ。
「……そんなんで、いいのか?」
「え?」
煙草に火を点ける為に目を逸らした隙に、解かれたリボンを手に取って。
視線を都筑に戻した邑輝が驚いたのを見て、内心ガッツポーズ。
首に巻かれたリボンを見て、珍しく二の句が次げない邑輝が居た。
襟元を掴んで引き寄せて、軽くキスをする。
「…もう一回、聞くぞ。 ホントに、何も要らないのか?」
「……前言撤回。 そういったプレゼントなら、是非」
やられた、とでも言いたげに、困ったような、でも嬉しそうに笑う邑輝を見て。
喜ばせることが出来た、って、俺も嬉しかったけど。
…でも結局、亘理の言うとおりに、俺の嫌な予感どおりになっちゃったな。
「ねぇ、邑輝。 誕生日のプレゼント、何がいーい?」
「…貴方が欲しいな」
甘えた声で、わざとらしく訊ねた俺に。
ケーキよりも甘く、ワインよりも酔いそうな声で、答えが囁かれた。
ソファーに沈められた身体が、熱に浮かされる中で。
今年の曜日の巡りを思い出して、そっと感謝した。
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