愛情って、殺意に変わるのかな










≪sanity paranoia≫










衝動のように抱き締められる、そんな瞬間が好き。



その一瞬が一番、彼の中に居る自分を感じられるから。

その一瞬だけ、不安が消えるから。







ベッドが軋む音が、自分の呼吸が、鼓動が、嬌声が、煩い。



彼の声を、言葉を、吐息を、脈動を、感じたいのに。






「ん…っ…邑、輝…、ぁ、ア…ッ」






内壁を擦り上げるだけの、甘い熱を燻らせる為の浅い律動。



もっと、奥まで突き上げて、グチャグチャに掻き回して、穢して欲しい。

心地良い快楽なんて要らない、引き攣る程の痛みが欲しい。







「邑輝…、もっと、……、ひ、あアっ」






欲求を伝えようとして、それは途中で悲鳴のような喘ぎに変わった。



無理矢理に抉じ開けられて、最奥を犯される。

背筋を這い上がっていく感覚に、仰け反り露わになった首筋に咬み付かれて。

破れた皮膚から溢れた血液を、傷が塞がる前に舐め取られる。



淫らな痛み、痺れるような疼痛、じわじわと滲む穢れた情欲。




もっと、強く。



お前の狂気を、感じさせて。






「都筑、さん…」






欲に塗れた、低く掠れた声が、鼓膜を震わせる。

脳までも麻痺していく、それはまるで麻薬のようで。



唇を舐められ、僅かに開いたそこを塞がれる。

触れ合った舌先に感じる煙草の苦い味、けれどすぐに甘くなる。

脳を、神経を、心を、呼吸さえも、奪い取るような口付け。



応えるように、触れていた背中に爪を立てた。

引き裂いた感触、離れた唇から微かに呻く声、指先が生温かい液体で濡れる。



彼を怒らせたかもしれない、ほんの少し怖くなった。

ああ大丈夫、覗き込む瞳は恍惚に満ちている。




不意に、内臓を引き摺り出されるような感覚。



抜けるギリギリまで引いた腰を、強く打ち付けられて。

内壁で感じる摩擦、奥を突き上げられる痛みを伴う快感。



繰り返される激しい律動、身体ごと揺さ振られて。

動きに翻弄される自分の身体が、傀儡のようで可笑しかった。




ふと見上げた、冬の三日月のような美しい瞳。



ねぇ、どうして




そんな泣きそうな瞳をするの?






「邑、輝…ッ…邑輝ぃ…っ」


「都筑さん…、…愛して、います…」






望み通りに犯されて、俺は幸福で満たされているのに。






「んっ…俺、も…ッ…」


「誰よりも、何よりも、貴方だけを……愛してる」






甘い毒を孕んだ声で、何度も愛を囁くのに。



瞳だけは、悲しみに満ちたまま、俺を見ている。




どうして、同じ想いを、同じ幸福を、共有出来ないのだろう。

どうして、彼は泣きそうな顔をしているのだろう。

どうして、彼を満たせないのだろう。

どうして、彼を幸せに出来ないのだろう。




どうして、どうして、どうして





俺が、お前の傍に居る意味は、何?







「愛してる……愛してる…っ」


「……俺も、愛してる、よ…ッ…」






壊れた機械のように繰り返される言葉に、意味はあるの?



愛していると言う度に、言われる度に。

『愛してる』の意味が、解らなくなる。




こんなにも彼を愛しているのに、解らない。



傍に居ても、彼が幸せでないのなら。

自分は、彼の傍に居る意味などない。



じゃあ、お前の傍に居られないの?





俺は、お前に何も出来ないから?







「邑、輝…ッもう…っ」


「都筑さん……一緒に…」


「ん、は…っ…、ア、ああッ」






体内に広がる熱、腹部に吐き出された体液。



いつも、この瞬間に全てが満たされる気がするのに。

身体とは裏腹に、心が満たされない。

心臓が苦しい、肺が痛む、こんな苦痛は要らない。




急激に体温が下がって、意識が沈む。



もっと、彼の声を、言葉を、吐息を、脈動を、感じていたいのに。

不安に襲われる、恐怖に支配される。



どうか、この苦痛を消して。




お前の傍に居る意味を、与えて。









「……ん…」






目が覚めて起き上がってみると、部屋の中はまだ暗かった。

眠っていた時間は短かったらしい、癖のように見た腕時計の針は真夜中を指していた。



ふと隣を見ると、いつも居る筈の彼が居ない。




気を失うときに感じた不安が、恐怖が、蘇る。






「……起こしてしまいましたか?」






停止しかけた思考が、彼の声で再生する。



振り返れば、窓の傍に佇む彼が居た。

ガラスの向こうには満ちた月、淡い光が艶めいた白銀の髪を一層煌かせる。

眩しい程の光では無いのに、逆光で彼の顔が見えない。




ねぇ、今どんな顔をしているの。



微笑んでくれている?

それとも……泣いているの?






「ううん……大丈夫、だよ」






ゆっくりと歩み寄る彼が、今どんな表情をしているのか。

見られない、見たくない。



きっと、俺が望んでいるモノじゃない。




ベッドの淵に座っている膝に落とした視線に、影が映る。

見上げた瞳に映ったのは、窓と天井、キラキラと光る銀色、血の色をした紅玉。




跪いた彼が首筋に顔を埋めて、骨が軋むほど強く抱き締めている。



ああ、どうしよう。

何よりも嬉しい筈の、この瞬間が。



不安に、恐怖に、苦痛に、侵されてゆく。



だって、彼はきっと今も。

また、泣きそうな瞳をしている。




今、誰よりも傍に居るのに、彼の傍に居るのは俺なのに。



彼を幸せで満たせないのなら、彼の傍に居る意味を彼が与えてくれないのなら。




無理矢理にでも、彼の傍に居る為に。





彼を、殺してしまえば。






「ねぇ、邑輝……愛してるよ」






絹糸のような髪に指を絡ませながら囁いた声は、自分でも呆れる程に甘くて。



彼の死顔を想像した所為かもしれない、だって、きっと綺麗だろうから。

彼は血の色が良く似合うから、血塗れにしたら、より美しくなる。



恐怖と苦痛に歪む顔も、涙を溜めた白銀の瞳も、赫に蝕まれた白い肌も。

何もかも綺麗であろう彼の、消えゆく命を眺めていたい。

そして彼の亡骸を抱き締めたい、彼がいつもそうしてくれるように。







ああ、いっそ彼を殺せたら。

不安なんて、永遠に消えるのに。



思い描いた光景は幸せに満ちていて、唇は笑みの形に歪む。




それなのに、止めどなく溢れるこの雫は何なのか。












ホントは、ただ一緒に居たいだけなんだ



涙だけが正気を繋ぎ止める
















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