バカみたいだって、解ってるけど。
≪スモーカー・キス≫
久々の逢瀬は、それまでの空白を埋めるように。
深く、激しく愛し合う。
だからこそ、許せない。
「……大丈夫ですか?」
「あー…明日休みだから、多分ヘイキ」
隣からの気遣う声に、掠れた声で応える。
その時によっては、気絶するように眠ってしまうこともあるから。
意識があるだけ、今日はそれなりに加減してくれたのかもしれない。
「すみません、少し無理をさせ過ぎましたね」
「……一応、自覚はあるんだな」
「失礼な、毎回反省してますよ?
ただ私も男ですからねぇ、余裕が無くなれば加減出来ませんし」
心外だ、と言わんばかりに肩を竦める邑輝に若干腹は立つものの。
自分も求めていることを自覚しているから、あまり文句は言えない。
それだけ愛されていると、嬉しく思うのも事実だから。
「……なぁ、邑輝」
いくら加減してくれても座るのも辛くて、うつ伏せのまま呼びかける。
横目で邑輝の姿を確認すると、ヘッドボードに凭れて座りながら。
いつの間に手にしたのか、煙草とライターを持っていた。
「何ですか?」
「タバコって、そんなに美味いか?」
火を点けようとした手を止めて、訝しげな視線を投げ掛けられる。
持て余すようにライターを弄りながら、見当違いな答えが返ってきた。
「………吸いたいなら、一本どうぞ?」
「や、あの……そうじゃなくて」
こういうとき、邑輝が羨ましい。
素直に言うにも照れくさいし、かと言って上手い言い回しも思い付かない。
これは頭の回転の差なのか、そう思うとなんか凹む。
「あ、じゃあ……なんで、邑輝はタバコ吸うんだよ?」
「理由、ですか? …まぁ、美味しいからっていうのもありますけど」
「それだけじゃねぇのか?」
「そうですねぇ……一番は口寂しさ、ですかね」
不思議そうな顔をしながら答える邑輝を、軽く睨みつける。
予想していた答えに納得した反面、その答えにやっぱり腹が立った。
「……なんで睨むんですか」
「なんか、ムカつく」
「聞いてきたのは貴方でしょう」
「………だって」
宥めようとしているのか、冷たい指先が髪に触れる。
その感触は好きだけど、未だ片手に持ったままの煙草が気に喰わない。
どうしてコイツは、時々こんなに鈍感なんだろう。
「……俺が、いるのに」
俺はそんなに、分かり辛いことを言っているだろうか。
別に、大したことじゃない。
馬鹿げたことだって、自分でも解っているけど。
ただ、なんとなく、許せないってだけで。
「普段はいいけど、今ぐらい…」
煙草を吸ってること自体が、嫌な訳じゃない。
実際、煙草を吸うときの邑輝の仕草とか、指先とか。
ほんの少し虚ろな瞳とか、煙をゆっくりと吐き出す唇とか。
隣でじっくりとそれを見られるのは、俺の特権で。
それを見ているのも、好きだけど。
「……煙草と俺、どっちがいいんだよ」
散々愛し合って、まだ熱の余韻が残るこの空間で。
俺以外に触れられるのが、嫌なんだ。
「…ああ、なるほど」
「………なんだよ、その嬉しそうな顔は。
こっちは怒ってんだよ、バカ」
「ええ、ですから……これで、許して頂けますか?」
煙草を箱に戻して、ライターと一緒にベッドサイドに放って。
仰向けにした俺の身体に覆い被さって、息が掛かる程近くで見つめられた。
「本当に、可愛い人ですね…貴方は」
「……うるせーな」
「まさか、煙草に嫉妬とはねぇ…嬉しいですよ、都筑さん」
頬を撫でて、口付けられる。
軽く触れて啄む行為を、何度も繰り返す。
飽きずに何度もキスをする邑輝が、ふと苦笑いのように微笑んだ。
「…ッ…どう、したんだ…?」
「いえ…多分、貴方の所為だなぁ、と」
「……はぁ?」
「貴方とキスするから…触れていない間は、口寂しいんですよ」
再び上がり始めていた熱が、急激に最高潮に達して、顔が熱い。
ホントにコイツは、変な所で鈍感で、天然小悪魔だ。
「煙草はダメだと貴方が言ったんですから…責任、取って下さいね?」
「ん…っ…」
あ、やっぱり気絶決定。
明日は一日マトモに動けないな。
「…約束、しろよな…っ」
「何を?」
「……ベッドにいる間は、禁煙」
「貴方にキスしている間は、にしましょうか?」
「………勝手にしろ」
恋人の隣で煙草を吸うより、煙草味のキスを。
それは邑輝という愛煙家に、追加された新マナー。