まだ
『愛してる』は、言えない。
≪禁句≫
ベッドのスプリングが軋む音は、暗い部屋に良く響いた。
規則的なそれに、不規則な吐息が重なる。
触れ合う肌も、唇も、指先も。
平素では考えられない程、確かな熱を持っていて。
人形のように透き通った白い身体は、微かに色付いていた。
薄紅を溶かしたような色が、美味しそうだ、と思って。
背中に爪を立てると同時に、柔らかい首筋に咬み付いた。
「…ッ…痛い、でしょう…?」
荒い呼吸を抑えながら、重低音で吐き出された声。
熱い息が耳朶を撫でて、じんとした痺れが全身を巡って。
吹き込まれた低く甘い声は、脳髄まで犯すようで。
「ぁ…っ…、痛い、のは…嫌いじゃ、ねぇだろ…ッ…?」
「……相手が、貴方なら…」
囁きながら、口付けられる。
咬み付くように、呼吸すら奪い尽くすように。
弾む息を抑えることも出来なくて、ただ夢中で縋り付いた。
ふと、浅い場所で律動を刻んでいた塊が。
肉壁を掻き分け、奥深くを犯し始めた。
割り開かれるような、衝動にも似た快感。
突然与えられた強烈な刺激で、互いの腹を白濁が繋いだ。
「は、ぁ…っ…」
「狡いですよ、貴方だけ…」
また唇を塞がれて、息苦しさに涙が滲んだ。
邑輝を咥え込んだままの下半身が、シーツから浮かされる。
粘着質な音を立てながら、真上から貫かれた。
「ひ…っ…ぅ、あ…ッ」
「今度は、私も…っ……貴方の中に、出させて下さい…」
興奮を隠さない邑輝の声色に、また身体が熱くなる。
穿たれる度に、視界の奥に星が散るみたいで。
深過ぎる快楽に、ほんの少しの恐怖を感じて。
堕ちることに抗うように、瞼を上げれば。
今にも触れ合いそうな程近くに、冴え凍る月を映したような白銀の瞳。
「…ッ……都筑、さん…っ」
縋り付くような、泣き出しそうな。
容赦無く身体を貪りながら、いつも、そんな顔をする。
「…、…置いて、行かないで……」
「邑、輝……ふ、ぁ…っ」
言葉を紡ぎながら、また。
何度も何度も、唇を柔らかく啄まれる。
止まない水音と、甘い毒を孕んだ声に、聴覚までも犯される。
「独りにしないで……ずっと、傍に居て…」
体内の粘膜を擦られる感触、最奥まで突き上げられる衝撃。
繰り返される口付け、呪詛にも似た願い。
与えられる全てが、狂いそうな程の熱になって。
全てを、心を、蝕まれる。
「私を……捨てないで…」
「…っ……わかって、る…から…」
「私は、貴方のモノ、だから……ずっと、離さないで」
「う、ん…っ」
視界が涙で霞んで、邑輝が泣いているように見えて。
少しでも安心させてやりたくて、口付けの合間に応えた。
意志とは関係無く絞め付けた、体内の邑輝が体積を増す。
同じように限界まで膨張した自身に、綺麗な指先が触れて。
「………捨てる、くらいなら」
羽根のようなキスは止まないまま、掌を上下に動かされて。
触れる肌も、絶頂へ導こうとする掌も、重なる吐息も、埋め込まれた楔も。
全てが、火傷しそうな程、熱いのに。
呟いた声は、酷く冷たかった。
「邑…、ぅ、あ…ッ…」
急激な温度差の理由を確かめたくて、名を呼ぼうとしても。
巧みな愛撫と、快楽を全身に伝える場所を突き上げられた所為で。
ぐにゃりと視界が歪んで、声は言葉にならなくて。
邑輝の指の間から体液が滴り落ちて、身体の奥深くに熱い飛沫を感じる。
そこからじわじわと広がるものに、何か満たされた気がして。
強烈な睡魔に襲われて、全てが遠くなる。
意識も、感覚も、冷たい声も、愛しい銀色の影も。
全てが、遠ざかっていく。
「…私を、捨てるなら……その前に」
氷のような声とは裏腹に、甘いキスが。
繋ぎ止めようとした意識を、無理矢理に引き剥がす。
だから、いつも。
最後の言葉が、聞けない。
貴方に、聞こえて欲しくない。
もし、貴方に言ったら、苦しめてしまうのは解っているから。
それなら、言わなければいいのに。
何もかも理解していながら、言わずにはいられない。
貴方の意識の片隅にでも、聞こえていればいい。
そう、願ってしまうから。
捨てるくらいなら、壊して……貴方の手で、殺して。
それだけしか、望めないから。
本当は、たった一言。
伝えたい言葉は、唯一つなのに。
伝えたいのは、願いでも、慰めでも無い。
ありふれた言葉に秘められた、唯一の真実。
赫に塗り潰された記憶と、植え付けられた恐怖と絶望が。
繰り返されることを、ただ恐れて。
離れることも出来ないのに、伝えることも出来ない。
言葉にしたら、全て壊れてしまいそうで。
身体は、こんなにも深く繋がっているのに。
まだ
『愛してる』は、言えない。