ずっと、一緒に居よう。
≪愛は裏切りに似て Afterwards≫
「ん…っ、は……」
血を洗い流す為に、浴室へと向かった。
実際邑輝の身体に刻まれた傷は、凄絶なもので。
シャワーを浴びている途中に、貧血を起こしかけてしまった。
応急処置として、都筑の精気を吸わせるという提案をしたはいいが。
唇から直接取り込んだ方がいいと言われ、嫌な予感はした。
だが拒めるはずも無く、大人しくされるがままとなった。
唇が触れるか触れないかギリギリの距離で、精気を吸われる。
何かが引き摺り出されていくような感覚、微弱な電流のような軽い痛み。
そして、身体を痺れさせる快楽。
「……、…やっぱり、美味しい」
「…………そう、何度も吸わせねぇからな」
正直に言えばそんなに嫌では無かった、が。
クセになりそうで、ちょっと怖い。
もう少し、と再び奪われる。
段々力が抜けてきてしまって、それを見計らったかのように。
ついでのように、キスをされる。
「…ッん、ぅ…」
「……ね、都筑さん…しても、いい?」
恐る恐る、といった様子で訊ねる邑輝が。
やけに、可愛く見えてしまって。
でも、少し心配だった。
「でも、お前………その…傷、は」
「都筑さんのお陰で、もう大丈夫。 それに」
強く、抱き締められた。
素肌が密着して、鼓動が重なる。
羞恥も感じたが、それ以上に安堵を覚えた。
「そろそろ、限界……我慢する方が、辛いから」
耳元で小さく囁く、照れたような声。
それが妙に可笑しくて、笑ってしまって。
照れ隠しなのか、拗ねたのか。
こら、と頬を軽く抓られる。
小さなことが、とても幸せに感じる。
「ねぇ、都筑さん」
「ん……何…?」
邑輝の指先が肌に触れて、唇は額や瞼や頬にキスの雨を降らせる。
快感と、懐かしい感覚に、酔いしれる。
「……好き。 大好き」
胸元に顔を埋めながら、静かに呟く声。
蚊の鳴くような小さな声だったけれど、確かに耳に届いた。
肌に、濡れた感触がするのは、シャワーの所為だろうか。
軽い痛みが走って、その正体を確かめる為に視線を動かす。
原因は、解っているけど。
「本当に……大好き…愛してる……」
濃い色で滲んだ、所有の印。
それと共に視界に入ったものは、邑輝の涙。
見た瞬間に溢れ出た、感情。
ああ、今
「俺も……お前を、愛してる」
俺たちは、同じ気持ちを共有している。
「都筑さん……泣いてる」
「お前こそ」
どちらも、無意識だったらしい。
指摘されて、二人して漸く気が付いた。
愛しいという気持ちと、幸せで流れた涙。
ほんの少し見つめ合って、笑い合った。
笑った顔を見て、涙を流すなら泣き止むまで一緒に居て。
泣き止んだら、一緒に笑い合って。
同じ望みを、互いに叶え合える幸せ。
もう、離れない。
「……あー…」
ふと、目が覚めた。
喉が渇いた所為かもしれない、試しに発した声は掠れていた。
一週間分の孤独を埋めるように、愛された。
「………違う、な」
愛し合った。
と言うのが、正しいだろう。
求めて、求められて。
言葉だけでは伝えられない想いを伝えるように、抱き合った。
その代償のように、散々喘いだ声は涸れ、身体は酷く重い。
ふと、いつもと視界が違うことに気付いた。
やけに白い肌と、そこに刻まれた無数の傷痕。
抱き締められている、隣に居てくれている。
その事実だけで、例えようもなく嬉しくて、幸せなのに。
ヒトというものは、随分我儘な生き物らしい。
一つ満たされれば、また一つ欲しくなってしまう。
寝顔が見たい。
些細なことだけれど、ずっと想っていたこと。
一度ここから出て行く前に見た気はするが、そのときに見たものは。
寝ているというよりは、気を失っているような生気の無い顔だったから。
そっと顔を上げると、覗き込むようにして眠っている顔があった。
どうやら、俺の寝顔でも見ながら眠ってしまったらしい。
初めて、だった。
こんな風に、寝顔を見るのは。
穏やかで、子供のような。
「……ん…」
小さな声を上げて、抱き締めていた手が背中を撫でる。
隣に居る存在を、確かめるように。
何度か軽く瞬いて、ゆっくりと目を開ける。
寝惚けているような、ぼんやりとした顔。
それが妙に可愛らしくて、なんだか可笑しかった。
「………おはよう、都筑さん…」
「まだ早過ぎるけどな」
朝と言っていい時間だが、起きるにはまだ早い。
まして、今日は休みだから。
もう少しぐらい、まどろんでいてもいいと思う。
「俺、今日休みだからさ。 もう少し寝ない?」
眠い所為か、少し思考が鈍いらしい。
じっと見つめていたかと思うと、やっと小さく頷いた。
身体を摺り寄せて、甘えるように胸元に頬を寄せる。
その仕種が小さな子供みたいで、可愛くて。
応えるように抱き締めて、手触りのいい髪に唇を寄せた。
「………都筑さん…」
「何?」
「手……繋いでも、いい…?」
視線を合わせないまま、遠慮がちに訊ねる。
以前の面影が無いほどに、とことん子供のようになってしまったけど。
それすら可愛いと思えてしまうから、些細な望みでも叶えたいと思ってしまうから。
無言のまま、自分の右手と邑輝の右手を重ねる。
だって俺の左手は邑輝の頭にあるし、邑輝の左手は俺を抱き締めているから。
どちらかが離れるのも嫌で、なんとなく、傷痕を重ねたくて。
「……温かい…」
幸せそうに微笑んで、ぽつりと呟いて、眠りに落ちた。
重なった傷痕に、ふと、視線を動かす。
罪を、罰を、想いを、全てを重ねているようで。
望むものは、唯一つ。
願うことさえ、赦されない。
微かな祈りも、届かない。
解っていた、筈なのに。
何一つ、叶わないと。
それでも、愚かな自分は。
願わずには、いられない。
どうか、傍に居て、と。
だから。
永遠に、例え永遠が終わっても。
ずっと、一緒に居よう。
愛は、裏切りに似ている。
裏切りは辛くて、哀しくて、強い想い故に憎むこともある。
けれど、出逢わなければ良かったとは思えない。
例え、それが傷痕として残っても。
消えることの無い傷痕は、やがて愛しさへと変わっていくから。