一番遠くて、一番近い人。


見えない姿、伝わる温もり。





切なく危うい、二人の距離。









≪背中合わせ≫










二人の距離は、遠く近く。


触れたと思えば離れ、離れたと思えば触れ。




互いの想いも分からず、ただ気紛れに重ねる逢瀬。



待ち合わせる訳でもなく、思い付くままにふらりと
外へ出るだけ。


それだけで、気付けば互いの姿がある。










今夜都筑が訪れたのは、月明かりに照らされた廃墟。

元は綺麗な建物だったのだろうが、今は住む者もなく
荒れ放題だ。



そんな場所にわざわざ来たのは、
何となく呼ばれているような気がしたから。


ふと振り返ってみれば、艶やかに微笑むあの男の姿。








「……奇遇だな」


「…ええ、まったく」





そう言ったきり黙って、都筑に近付いてくる。



背後に静かに佇む満月が、逆光で彼の姿を包み込み。
金色の光に柔らかく輝く白銀の髪が、彼の美しさを一層際立てていた。







「都筑さん」




見惚れている間に、気付けば邑輝は目の前にいて。


その白く柔らかな指先を都筑の頬に滑らせ、
そのまま掌を首に押し付け、力を込めた。


息苦しさに艶かしく歪んだ顔を邑輝は愛しげに見つめ、
都筑はその狂気の視線を歓喜の感情を以って受け止めた。





触れた唇は熱くて、甘くて、気持ち良くて…。





何もかもを忘れさせてくれるような口付けは、
都筑の罪を和らげるもの。


静かに求めてくるような口付けは、
邑輝の欲を満たすもの。









…もう、アナタ無しではいられない。




自覚は無くとも、感じた感情。


けれど、二人の距離がそれを許さない。










「…ねぇ、邑輝?…この世界で、自分から一番
遠い所ってどこだと思う?」



貪るように重ね合っていた唇を、ほんの少し離した時。
震える手で縋り付き、訊ねた。



「…さぁね。地球の裏側ですか?」



壊れ物を扱うかのように、邑輝の唇が都筑の額をなぞる。

瞼まで辿り着くと、都筑は目を伏せ、答えた。





「…あのね、自分から一番遠い所って、自分の後ろなんだって。
だって、見えないし…触れられないから」




俯いた都筑が、邑輝には微笑んでいるように見えた。
そして、無言の別れのようにも。







「…でも、背中越しに伝わる体温がありますよ」




くるりと都筑に後ろを向かせ、ふんわりと抱き締める。

男にしては華奢なその体を、守りたいと、
壊したいと想いながら。


抱き寄せた腕に添えられた手を握り、
その温かさを確かめるように口付けた。




「ね…こうするだけで、温もりは伝わるでしょう?
…例えその姿が見えなくても、ずっと傍にいますよ…」




自分自身に言い聞かせるように、都筑に囁いた。
















一番遠くて、一番近い人。



見えない姿、伝わる温もり。








切なく危うい、二人の距離。









届かぬ光、隣り合わせの闇。


互いに照らして、互いを飲み込んで。







いつか一つになれたなら。




例え、どんなに望んでも。












背中合わせが終わる時、それはキミとの崩壊の時。

















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