貴方に、愛されたい。
叶う事の無い願いを抱いて。
私が滅びるまで、私は全てを滅ぼすだけ。
それが、私に刻まれたプログラムのすべてなのだから。
≪浮遊悲≫
血の温もり、柔らかい肉の感触、すぐ近くに在る心臓の鼓動。
殺意など微塵も感じさせない彼の爪先が、霊力を込めて私に向けられる。
殺意が無いなら、避けるのも、弾くのも、容易だった筈なのに。
何も、出来なかった。
何も、しなかった。
ただ、これだけは解る。
私は、この瞬間を待ち望んでいたのだという事。
「…嘘、だろ……」
驚愕に見開かれた美しい紫の瞳が、すぐに哀しみと苦痛の色に染め変えられる。
空中で貫かれた身体は重力に従い、腕から抜け落ち宙を舞う。
スローモーションの様にゆっくりと、その場面は進んでいく。
彼の華奢な腕が自分の身体を支え、そっと地に降りた。
「ばかやろ…っ…なんで避けなかった! お前なら、あれぐらい…ッ……」
「貴方、ねぇ……避けさせるつもりで攻撃する人なんて、普通いませんよ……?
どこまでも、甘い人、だな……ふふ」
「ばか、喋んなよ…ッ…!!」
ぼろぼろと、紫水晶から透明な雫が次々と零れ落ちる。
何故、泣くのだろう。
私が死んで、彼が泣く理由など在りはしないのに。
頭に靄が懸かった様に、思考がぼやける。
でも、泣いて欲しくない、と。
そんな想いだけが、はっきりと浮かんだ。
「やだ…ッ……嫌だよ、邑輝…っ…」
「……都筑、さん………」
どうしてだろう。
泣きじゃくる彼を見ているだけで、胸が苦しい。
「…私、が……」
「……邑輝…?」
「貴方の、悲しみも…苦痛も、全て……私が、背負う……から…」
だから、もう。
「…泣かない、で……っ…、ただ……」
その代わりに、ただひとつだけ。
「ただ…ひとつだけ……赦して、下さい……」
貴方の罪として、私を貴方の心に刻み込むことを、どうか赦して。
「罪として…傷として、しか……貴方の心に、居場所を作れない私を…」
「何、言って……なんで、そんな事…ッ…」
そんな風にしか、貴方の心に居場所を作れない愚かな私を、どうか。
「……ふふ…っ……私ねぇ…最初は、否定したかった……こんな、人間みたいな、自分を」
そう、初めは。
この感情を、人間らしい自分を否定したかったけど。
「今は、違う……」
私は、貴方のお陰で人間になれた。
「都筑さん………ありがとう…」
「え………?」
私は、貴方のお陰で救われた。
私は、貴方を愛したから。
「私は……貴方を、愛せたから……私は、人間として……死ねる」
「…ッ……死ぬなんて、言うなよ…っ……頼むから…ッ…」
貴方の腕に抱かれて逝けるのなら、本望だ。
「都筑さん………さよ、なら…」
「邑輝…ッ……やだ…っ…!!」
最期の力を振り絞って、彼の頬を撫でる。
濡れた頬に未だ流れる雫は、拭ってもまた新しく零れてくる。
本当は、その涙が止まるまでずっと拭っていてあげたいのに。
貴方が笑顔になるまで、ずっと傍に居てあげたいのに。
もう、何も出来ない。
指先が痺れて、ずるりと滑り落ちた手を彼の体温が阻む。
眼球を僅かに動かす事も億劫で、目を閉じる。
意外に力強い、けれど華奢な腕に、強く抱き締められる。
きっと痛い程に力が込められているのだろうけど、自分にはもう感じられない。
彼に殺され、彼に抱き締められ死ぬ事は、なんと幸せな事だろう。
妙に眠くなってきて、不意に世界が白く弾けた。
邪悪な程の白い光の向こうに、ずっと望んでいた彼の笑顔が見えた気がした。
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