可愛いって思う気持ちは、末期症状。
≪恋の重病患者≫
バカみたいにデカイ屋敷…っていうか、もう城。
そんなところに、俺の恋人は住んでたりする。
「ああ、都筑さん……いらっしゃい」
「ん、邪魔するぜー」
黒革張りのソファーに座り、ゆったりと長い足を組んでティータイムを楽しむこの男。
白銀の髪、同じ色の瞳、長身、超美形、優秀な外科医で、しかも眼鏡。
最後の方はなんかよく分かんなくなったけど、とにかく完璧な邑輝。
オマケに敬語口調で物腰柔らか、時折見せる微笑には黄色い声が上がる。
邑輝が勤めている病院では、看護師や患者の女性に女医は勿論。
同僚の医者(男)、入院患者に退院患者(これも男)なんかにも大人気。
さらに、街を歩けば嫌でも目立つ容姿に、ものすっごい視線が集まる。
擦れ違う人ほぼ全員が振り返り、男女問わずに見惚れられてる。
世間的には見た目も中身も完璧、財力だってハンパない。
恐らく結婚したい男性3年連続No.1で殿堂入りってくらい。
「何を考えているんですか?」
「別に、なんでもねーよ。 ところでさ」
「何です?」
そんな男の部屋に、場違いなものがある。
違和感なさすぎて嫌味にもならない超高級インテリアにそぐわない、可愛らしいモノが。
「その………膝に乗ってる、むくむくは何だよ?」
「見ての通り、テディベアですが」
そう、結婚したい男性ランキングで見事殿堂入り(勝手に)を果たしたヤツとは思えない光景。
膝の上に、可愛らしいテディベア。
「…………ごめん、一つだけ言っていい? すっっっげー似合わねぇ」
「いや、まぁ……似合っても困りますけど。 嬉しくないですし」
「じゃあ、なんで持ってんだよ?」
「小児科で今日退院した子にもらったんですよ、可愛い告白と一緒に」
うっわ、ロリコン。
思わず言うと、貴方以外興味はありません、なんて口説き文句みたいなのがしれっと返ってきた。
ホンット、コイツは…。
「で、大事に持ってたんかい」
「おや、嫉妬ですか?」
「んな、くだらねーことで妬くかっての」
他愛もない話をしながら、一緒にティータイム。
ちょっとした幸せを感じながら、かなり過度なスキンシップを受けて。
名残惜しいけど、明日から出張。
珍しく泊まらず、その日は早めに帰った。
一週間経って、ようやく出張から帰って書類整理(報告書+始末書)も終わって。
やっと、久しぶりに恋人の顔を見れることになった。
「おはようございます。 いらっしゃいませ、都筑様」
「あ、榊さん、おはようございまーす。 えっと、邑輝は…」
「旦那様はまだお休みになっておられますが、都筑様がいらっしゃったらお通しするように
言われておりますので、ご案内致しますよ」
執事の榊さんに言われて、邑輝の寝室に案内される。
お目覚めになったらお呼び下さい、という言葉と共に、部屋に残された。
ベッドに近寄ると、規則正しい寝息が聞こえてくる。
そういえば、邑輝の寝顔なんてあんまり見ない…っていうか、見たこと無いかも。
ちょっとした好奇心もあり、ベッドを覗き込む。
身体を横に向けて寝ている邑輝の姿、なんか珍しくて、ちょっと嬉しいかも。
新たな一面発見、って感じだな。
まず驚いたのが、少なくとも上半身が裸だったこと。
俺と寝ないときでも服着ないんだ、コイツ…下半身は知らないけど、出来れば着ててほしい。
まぁ、それは置いといて。
貴重な寝顔を見ようとさらにベッドに乗り出すと、掛け布団の、ちょうど邑輝の腕の中に膨らみが見える。
俺の特等席に誰かいる…。
嫉妬というか、さすがにムカついた。
何、コイツ、俺がいないのをいいことに誰か連れ込んでんのか?!
いや、でも榊さんは何も言ってなかったし…。
とりあえず、何があるのか確かめよう。
んで、場合によっては、一発殴ろう。
そう心に固く決めて、ゆっくりと布団をめくる。
とりあえず、気持ち良さそうに寝てるから邪魔しないように、そっと。
「…………………………」
1分くらい、固まった。
さっき決めたばかりの心も吹っ飛んで、特等席に横たわる物体を見つめる。
「……………て、てでぃべあ……?」
ようやく、それだけ口に出た。
そう、邑輝の腕の中で眠っているのは、一週間前邑輝が退院患者から貰ったというテディベア。
大事そうに両腕で抱きしめて、額に口付けるように顔を寄せている。
俺と眠るときのように。
「もしかして、一週間ずっと……?」
俺の代わりにテディベア抱いて、天使みたいな寝顔で寝てたのか、コイツは。
いくら見た目が完璧で、いや、完璧だからこそ。
三十代の男が、テディベアと一緒に寝てる光景は、世の女性達が見たら嘆くかもしれない。
でも、呆れるよりも、何故か笑いが込み上げてきた。
抑え切れない笑い声が聞こえたのか、小さな声を上げながら邑輝が寝返りを打つ。
やがて長い睫毛が震えて、ゆっくりと瞼が上がる。
その表情は本当に綺麗なんだけど、だから余計にテディベアと一緒に見ると可笑しくて。
多分すっごい笑顔で覗き込んでいるだろう俺を見て、邑輝が手を伸ばした。
触れやすいように少し屈んでやると、慣れ親しんだ掌と指が髪をくしゃくしゃと撫でる。
「おかえり……都筑さん」
「……ああ、ただいま」
ふんわりと微笑んだ顔は、俺しか見れない激レアな笑顔。
優しくて、少し幼く見える、柔らかくて可憐な、可愛い笑い方。
不覚にも見惚れてしまって、でも得した気分。
でも、やっぱり笑ってしまって。
変に思ったのか、邑輝が不思議そうに見る。
「なんで、笑ってるの?」
「いや、だって……お前さ、もしかして一週間ずっと、テディベア抱いて寝てたの?」
「んー………うん」
まだ寝ぼけてるのか、いつもの敬語口調が消えてる。
これはこれで、子供っぽくて可愛いかも。
ぬいぐるみとツーショットってのが、余計に。
「なんで?」
「えっと……都筑さんいなくて、寝ててなんか変な感じして…抱いてみたら調度良かったから…」
「一人で寝てたら、寂しかった?」
「そう……ですねぇ……うん、そうかな………都筑さんに会えなくて、寂しかったです」
理由も、素直に寂しいって言うことも。
俺がいるから、幸せそうに笑うってことも。
もう可愛くて仕方なくて、愛しいって多分、こんな気持ちかもしれない。
全然可愛いってイメージじゃないし、カッコイイとか綺麗とかの方が当てはまるような容姿だけど。
普通に考えて、ぬいぐるみ抱いて幸せそうに寝てる三十代の独身男なんて、痛いだけなのに。
やばい、めちゃくちゃ可愛い、なんて。
にやけちまってる俺は、もう邑輝病の末期だな。
「なぁ邑輝、そこ、俺の場所なんだけど?」
腕の中を指差しながら言うと、困ったように、でも嬉しそうに笑いながら。
テディベアを丁寧に除けると、両腕を広げてにっこり笑って待っている。
それすら可愛くて、素直に抱かれて、軽くキスをする。
「ここは俺の特等席なんだから、俺以外はダメだからな?」
「じゃあ都筑さん、ここにいてくれる?」
「……お前は甘えん坊で寂しがり屋だからな、いてやるよ」
完璧で弱点も苦手なことも無いように、他の誰もが思っているだろう。
でも、その方がいい。
甘えん坊で寂しがり屋で、嫉妬深くて子供みたいで。
俺がいないとダメなところなんて、俺だけが知っていれば。
邑輝病は末期、どんな薬も効かなくて、もう手遅れ。
永遠に治らない、幸せで不思議な、恋の病。
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