暑い夏の、楽しみ方。










≪体感温度≫










「あっちぃー…」






仕事が終わり冥府から地上へ、そして邑輝と住むマンションへと向かう。

冥府と現世の境界からそう遠くない場所ではあるが、暑いことに変わりはない。



梅雨が明けて湿度も下がり、少しずつ過ごしやすくなってはいた。

だが、雨が圧倒的に少なくなり、陽射しの強い快晴な日が増えたおかげで。

頭上からの陽射しとアスファルトの照り返しによる暑さが、猛暑と呼ばれる暑さを作り出していた。







「うわー…中入っても暑いし」







やっとの思いで辿り着き、日影に入る。

陽射しが遮られた分、多少マシ。



…かと思ったのも一瞬だけで、熱気を吸ったコンクリートの所為で気温は高かった。





とりあえず、部屋に行こう。

邑輝は今日休みのはずだし、きっと冷房入れて、部屋冷やしといてくれてるさ。




暑さの所為でネガティブになりかけた気持ちを、無理矢理ポジティブに。



しかし、その期待は見事に裏切られた。







「ただいまー……うわ、あっつ!!」






ドアを開けた瞬間、押し寄せてきた空気は冷風ではなく熱風だった。







「あー……都筑さん、おかえり〜……」


「邑輝ぃー……エアコン、つけてねーの?」


「ああ……つかない」


「えぇ〜……今日特別暑ぃのに……故障かよ?」


「オーバーヒートじゃない、ここのところ毎日つけてたし」







邑輝も大分ぐったりしてるらしい。

無視はしないが、敬語口調も消え、返事も投げやりになっている。



寝間着に着替えると、都筑もソファーに座る。



と、そこで気が付いた。







「あ、邑輝がアイス食ってる」


「……冷凍庫に入ってるから…ちゃんと、貴方の分も」


「あ、サンキュ。 つか、珍しいな」


「………暑いから」







一度立ち上がり冷凍庫を開けると、邑輝の言うとおり、何種類かのアイスが入っていた。



邑輝と同じバーアイスのレモン味を取ると、再び隣に座った。





邑輝をよく見ると、珍しいのはアイスだけではなかった。



まず顔、眼鏡は外して、長い前髪はピン数本で留めて、後ろ髪は短いながらも器用にゴムでまとめてある。

右手にレモン味のバーアイス、左手にうちわ。



そして服は、ランニングシャツにショートパンツ。

普段はあまり曝さない、すらりと伸びた綺麗な手足。

透けるような白い肌と、額や首筋にうっすらと浮かぶ汗に妙な色香が漂っていて、少し、目に毒。







「……どうか、した…?」


「へ? あ、いや、なんでもない」






全裸とか半裸とかは普段も見るけど、それは情事の時の話。



昼間から、いや、昼間だからこそ。

明るい中で見る露出した肌に、若干、興奮した。







「………暑い…」


「…だな…」






ぽつりとお互いに呟くと、また沈黙が流れる。

アイスを食べる音と、なんとか風を得ようと必死に扇ぐうちわの音が、やけに響いた。



とっくに食べ終わって暇を持て余した都筑は、邑輝の方を盗み見る。

すると、まだ食べている途中だった。

融け始めたアイスは雫になり、滑り落ちる前に舌で掬われる。



その行為を繰り返している姿を見ていると、ヘンな方向に妄想が膨らんでしまう。




最後の一口が、極めつけだった。

シャク、と涼しげな音を立てて口に入ったが、油断したらしい。

含まれきれなかった液体が、白い手首に流れ落ちて。

紅い舌がそれを辿り、舐め取るまでの一連の動作をつい見つめてしまっていた。







「ん………何…?」


「あー、いや………キス、していいか…?」


「………どうぞ?」






わざわざ聞かなくても…とでも言いたげな顔は無視して、都筑は唇を重ねる。



頬に触れて、肩に手を添えて。

何か違和感を感じたのは、邑輝の体温。







「邑輝……肌、冷たい」


「元々、体温低いって言ったでしょ…?」


「でも、こんな暑いと体温も上がらねぇ?」


「汗もかくから、冷えるし…暑いことには変わりないですけど」






確かに元々体温は低い、それは知っている。

唇も、頬も、指先も、いつも冷たかった。



でもこんな暑い中、まさかその体温を保っていられるとは思わなかった。







「よし、じゃあ……」


「何………うわ」






にま、と笑って、都筑はおもいっきり抱きついた。



露出している肌の部分が、熱い肌を心地良く冷やしてくれる。

ついでのように互いの頬も触れさせると、そこからもじんわりと冷気が伝わる。




都筑にとっては、まさに至福。

だが邑輝にとっては、熱中症一歩手前同然だった。







「あー…やっぱ邑輝冷てぇ〜…天国〜…」


「……都筑さん、熱でもある…? すごい熱い…」


「や、俺元々体温高いっしょ?」






溜息を吐きながら、ぐったりとしてしまった。



幸せに浸っている都筑はそんなことは綺麗にスルーして、ソファーに邑輝を押し倒す。

大型犬が飼い主に甘えるように首に擦り寄ると、珠となって浮かぶ汗を舐め取る。



この際だからとキスマークまで残して、服を捲り上げて。



また痕を残しながら、胸板に頬を寄せ、その冷たさに気持ち良さそうに微笑んでいる。



邑輝はというと、抵抗するつもりは無いのか、それとも気力が無いだけなのか。

都筑の姿を目を追うだけで、されるがままの状態だった。







「へへ、これなら夏も快適に過ごせそうかな」


「………………、………」


「ん、何か言ったか?」


「……別に…」






ならいいや、そう言うと。



都筑とは別の意味で天国の扉が見え始めている邑輝を気にも留めず、また色々な場所に触れ始めた。










冬になったら、仕返ししてやる。



邑輝は秘かに、復讐の決意を固めておりましたとさ。












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