愛していると口にする度に、生まれるのは虚しさばかり。
≪嘘に塗れた感情の残滓≫
自分でも、何故此処に来てしまうのか解らない。
安らぎが訪れる訳でも無い、望んでいる事が得られる訳でも無い事を、解っている筈なのに。
ただ、狂おしく求められる為だけに存在する自分を、愚かしくも思うのだけれど。
「……ああ、来てくれたのですね…都筑さん」
強力な結界が張り巡らされている城の様な屋敷に、入れるのは俺だけ。
闇に紛れて空を飛び、結界を易々と潜り抜け、人差し指の関節で窓を二回叩く。
窓際に座って本を読んでいた邑輝が顔を上げ、昼寝をしていた猫が陽光を眩しそうに見つめる様に目を細めた。
両開きの窓が全開にされ、俺は開いた窓の淵に乗り跪く。
柔らかい微笑を浮かべながら、椅子に片膝をつき身を乗り出してきた邑輝に、キスを一つ。
啄む様に交わしていたそれに、軽く歯が立てられる。
こんな痛みにも、慣れてしまった。
それすらも快楽の一因になってしまったのは、何時からだっただろう。
おいで、と囁く言葉は優しくて、身体は操り人形の様に動いてしまう。
優雅に椅子に腰を下ろした邑輝の上に跨って、首に腕を回し身体を密着させ、美しい銀色の髪に指を絡めた。
それに応える様に白い指先は髪を撫で、赤子をあやす様に背中をそっと摩る。
奇妙な甘さが広がる、不思議な一瞬。
不意に、首筋に犬歯が立てられた。
突然の痛みに身体が引き攣って、縋り付く腕に力が篭った。
傷口が癒える前に流れ出る血を啜られ、こくりと喉が鳴る音が聞こえる。
瞬時に塞がってしまった傷の上から痛い程に吸い上げられ、新たな痕跡が残された。
微かに残る周囲の血液も舐め上げ、満足したのか漸く唇を離した。
「………美味しい……」
そう呟いて微笑みながら唇の血の痕を舐める姿は、吸血鬼の姿そのもの。
けれど、その姿に恐怖を感じる事は無い。
感じるのは、狂気、悲哀、恍惚、愛執。
自分の身体を全て捧げて彼と一つになれたら、狂った思考は何処から来るのか。
虚ろな眼差しのまま、邑輝の手はネクタイを解きワイシャツの上から身体を撫で始める。
行為の予感に震える身体を抑えて、絡めていた腕を静かに下ろした。
敢えて悪戯は加えず釦を一つずつ外している邑輝は、プレゼントのリボンを解く子供の様に無邪気で。
だから咎める事も出来ず、最近では好きな様にさせているのだけれど。
「…都筑さん、綺麗……」
コートと靴とネクタイを残され、それ以外に身に着ける物は何も無い。
その格好も窓を開けたままだという事も、最初は恥ずかしくて、とても耐えられなかった。
でもうっとりと、綺麗、と呟く邑輝を目の前にしたら、文句なんて言える筈が無い。
舐める様に全身を視姦されて、嫌でも身体が熱くなる。
心臓から血液が沢山送られてきて、全身が充血しているみたいに。
腰を支えられながら、喉から胸までゆっくりと、口付けをずらす様に薄い唇が這った。
「…本当に、綺麗で……ああ、なんて愛おしい……」
「……っ…ぁ………」
囁かれた甘い声は熱い吐息と共に、肌に響いて身体を駆け巡る。
暴れ回る熱が中心にも集まって、欲情する自分が恥ずかしかった。
慌てて自身を隠すと、その両手を戒められる。
ダメでしょ、と優しく笑ったかと思うと、首に残っていたネクタイで背中に両手を纏められた。
ぎり、と音がしそうな程に強く縛られて、熱に浮かされた身体はそれすら快感に掏り返る。
「…都筑さん、飛んで」
「ぇ……こう…?」
ふわりと少しだけ浮くと、余計に羞恥心が強まった。
それに比例して、また欲情する。
俺の気持ちなんか無視して、宙に浮かんだ身体をぐいと引き寄せられた。
充血して張り詰めた性器が、ぬるりと生温かい粘膜に包まれる。
唇は音を立てながら吸い上げ、器用な舌先は性感帯を這い回った。
突然の大き過ぎる快感に、耐え切れなくて身体が沈みそうになる。
それでも邑輝の邪魔をしない様にと、自由に動かない身体で必死に耐えた。
けれど戒められている両手は無意識にもがいて、ネクタイが擦れて血が滲んでいるのが分かった。
「…ッ、ぃや……っ……あ、ン……ひ…っ…」
熱過ぎて、頭痛が、眩暈がする。
目にまで熱が回って、ぼろぼろと涙が溢れた。
不安定に身体が揺れる中、熱だけが高まっていく。
麻痺した意識が、白く弾けた。
「……ぅ、…ん………」
ぐらりと力が抜けて、落ちた身体を意外と逞しい腕に支えられた。
休む間も無く、潤いの無い狭間に邑輝の欲望が押し当てられる。
恐怖もある筈なのに、期待に内壁が疼いた。
ゆっくりと腰が沈められて、狭い入り口を無理矢理に押し広げていく。
声も出ずにただ痛みに翻弄されて、やがて嗅ぎ慣れた鉄錆の匂いが辺りに漂った。
縋る事が出来ないから前屈みになって、邑輝の肩に顔を埋めた。
がくがくと揺さ振られて、振動が体内を刺激する。
痛みとほんの少しの情欲の灯に狂わされて、縋りたくて仕方なかった。
もがいていると、邑輝の冷たい掌に背中を撫でられて心地良い。
腕を辿ったかと思うと、手を拘束していたネクタイが解かれた。
迷子の子供が親を見つけた様に、夢中でしがみ付いた。
それに応える様に邑輝が抱き寄せてくれて、ぴったりと身体が密着して安堵する。
こんな関係に安らぎなど無い様に思っているのに、奇妙な心地良さが溢れてくる。
自分が解らなくてただでさえ混乱しているのに、邑輝はどうしてこんなにも俺を狂わせるのだろう。
「……都筑さん………愛しています……」
「…っ、俺も……愛してる……」
本当は、解っていないくせに。
愛しているだなんて口先だけのもので、本当の感情なんてお前自身理解していないくせに。
なのにどうして、愛しているとか、必要だとか、俺の望む言葉を言うんだ。
どうして、どうして、俺を縛り付けて離さないんだ。
「私だけに支配されて……私だけを、求めて………」
どうしてそんなに寂しそうに、縋る様に囁くんだ。
もう、他の誰に支配される事も出来ない事を、他の誰を求める事も出来ない事を。
全て、知っているくせに。
本当は、お前の言う言葉、全てが。
俺がお前に望む、全てなのに。
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