「ジャンは、ルールが好きなんですね」 「何でも、ルールがあった方が面白いからな」 「……私が考えたルールは、殆ど拒否ですけどね」 「お前のは、『ルール』じゃなくて『お願い』だろ?」 ≪揺れ動く狭間で≫ 「ええっと、あとは…」 「まだ何かあるのか?」 「うーん…確か、調味料とかもそろそろ無くなりそうでした」 「……あまり俺を待たせるなよ?」 「わ、分かってますっ!」 ジャンがこの世界に留まったことが嬉しかったのか、は以前よりも楽しそうに過ごしていた。 命を狙われているということに変わりはないが、それでも心は穏やかだった。 敵に襲われても守ってもらえるから、というのも間違いではない。 けれどそれ以上に、あの屋敷でジャンと共に居られることを嬉しいと思っていた。 「……お待たせしました」 「終わったか? なら帰るぞ」 「はいっ」 買い物から戻って、すぐに夕食の支度に取り掛かる。 食事を摂ることは出来るが必要ない、と言っていたジャンだが。 慣れだろうか、今では毎回の食事を共にしていた。 「……おい」 「何ですか?」 「教会に戻りたいとは思わないのか?」 食事の途中、唐突な質問。 だがその言葉は、何度か聞いたものだった。 その度に、は同じ言葉を返す。 「戻りたいとは思いますけど…でも、ジャンが居るなら、ここに居たいです」 「…よく分からんな」 「そうですか?」 「ああ…やはり、人間というものは面白い」 「…よく分かりません」 「そうか?」 の気の所為かもしれないが、自分だけではなく、ジャンも以前とは変わった気がする。 一緒に暮らし始めた頃は、本当に訳が分からなかった。 いきなり命を狙われて、助けられたと思ったら、知らない屋敷に住むことになって。 ジャンは人間じゃない、けど父親の知り合いで、でもヘタに逆らったら殺されてしまいそうで。 一度に与えられた情報が多すぎて、最初はそれを理解するだけでも大変だった。 勝手に『ルール』を作られて、それに従わざるを得なくて。 けれど、段々と何かが変わり始めている。 具体的にどこが変わった、とは言えないが、雰囲気が変わったと思う。 穏やかで…どこか、優しい、とも言えるものに。 「……じゃあ、私はもう寝ますね。 おやすみなさい」 「ああ」 睡眠をとらないジャンにとって、夜は退屈な時間になる。 寝るという行為を真似ることは出来るが、必要のないことをする気は起きなかった。 昼間、が起きている間は『退屈』を感じない。 その所為か、眠ってしまうと少しだけ『退屈』だと思うようになった。 それはただの偶然だった。 退屈しのぎに寝顔でも見ようかと、ふとそんな考えが浮かんで。 の部屋の前に立ち、ドアノブに手を掛けたところで、中から微かに声が聞こえてきた。 「……起きているのか?」 外から声を掛けてみるが、返事は無い。 不思議に思いながらドアを開けると、どうやら起きているらしい。 だがジャンが部屋に入ってきたことにも気付かないのか、抱えた膝に顔を伏せたまま動かなかった。 小さく漏れる嗚咽、細かに震える肩。 焦燥にも似たものを感じて、無意識に名を呼んでいた。 「おい、」 「えっ……あ、ジャン?! いつの間に…」 「…何故、泣いている」 ようやくジャンの存在に気付いたらしく、は弾かれたように顔を上げた。 少し赤くなっている目元、頬には涙の痕が残っている。 死者の日に、の涙を見たときと同じ感覚。 遠い昔から存在している自分が、今まで知らなかったモノ。 の傍に居ると、『初めて』感じるものが多いのは、何故なのか。 「あ、これは、その…」 「……、ルールを忘れたか?」 『涙を流すときは、その涙の意味を教えろ』、それは以前追加したルールだった。 死者の日以来、泣いているところは見ていなかったが。 もしかしたら、今日以外にも泣いている日があったのか。 だとしたら、ルール違反じゃないだろうか。 そのときのの涙の意味を、ジャンが知ることはないのだから。 「……大したことじゃないんです。 その…夢を、見ただけで」 「夢、か……悲しかったのか?」 「いえ……お父さんの夢なんです」 「ダレンの?」 「はい。 …ほら、前にジャンがお父さんの姿になったでしょう? その所為なのか分からないけど……時々、お父さんの夢を見るんです」 夢を思い出したのか、また涙が滲む。 『悲しい』では無いなら、その涙の意味は何なのだろう。 「悲しい夢じゃないんです。 でも…目が覚めると、 どんな人だったのかな、とか、会いたかったな、とか…色々考えちゃって」 「……それで、どうして泣くのか分からんが」 「私も、上手く言えないんですけど…寂しいとか、切ないとか…かなぁ」 「今日が初めてじゃないのか?」 「え?」 「ダレンの夢を見て、泣くのは」 「あ…そうですね、何度かあるとは思いますけど……ジャン?」 滲んだ涙が零れる瞬間、咄嗟に手を伸ばした。 触れた指先から、体温が伝わる。 涙は、悲しいときに流すものだと聞いた。 それなのに、何故温かいのだろう。 「……ルール追加だ」 「えっ…またですか?!」 「ああ。 …泣くなら、俺の前で泣け」 余程意外な『ルール』だったのか、は数秒固まってしまった。 「ジャンの前で、ですか…?」 「俺が居ないところで泣かれたら、そのときの涙の意味を聞けんだろう」 新しいこの『ルール』は、実に合理的だと思う。 がジャンの前で泣くなら、必ずそのときに涙の意味を聞くことが出来る。 聞きそびれる心配は無くなるし、何より…自分の知らないところで泣いている、という事が嫌だと思った。 その理由は解らないが、がちゃんと『ルール』に従うなら、いつか解る気がする。 「いいか? 俺が居ない所では泣くな。 泣くなら俺が居るときにしろ」 「……ジャンが傍に居ないときに、泣きたくなったらどうすればいいんですか?」 「耐えろ」 「えー…」 相変わらず、どこか理不尽さを感じさせる物言いに、が不満そうな声を上げる。 しかし、しばらく何かを考えたあと、ぱっと笑顔に変わった。 「じゃあ、私もルール追加します!」 「ほう……聞くだけ聞いてやろう」 「私が泣きたくなったら、ジャンは私の傍に居てください! そうすれば、ジャンが言ったルールも守れるでしょう?」 「なるほどな…分かった、それもルールに入れてやるか」 「…それにしても、ジャンは本当にルールが好きですね」 「何でも、ルールがあった方が面白いからな」 「……今回は、私のルールも受け入れてくれましたね」 「お前のは、ただの『お願い』だからな。 たまには聞いてやるさ」 Back |